「事務所を退所、朝起きたら女房がいない」玉袋筋太郎、ここ数年の土壇場を語る
たった数年間で、人生にそう何度も訪れることはない「土壇場」と対峙してきた芸人・玉袋筋太郎(浅草キッド)。オフィス北野(現・株式会社TAP)を退所したこと、それに伴い、コンビとしての活動は休止状態であること、彼がオーナーを務める「スナック玉ちゃん」がコロナ禍により大打撃を受けたこと、そして長年連れ添った妻が家を出ていったこと……。 【フォトギャラリー】俺のクランチ-玉袋筋太郎-(撮影:晴知花) 2024年3月に発表した著書『美しく枯れる。』(KADOKAWA)では、これら自身の周りで巻き起こった出来事を赤裸々に綴っている。今回、その土壇場について話を聞くべく、ニュースクランチ編集部は彼がオーナーを務める「スナック玉ちゃん 赤坂本店」へと向かった。 ◇休止中の浅草キッドは“やめるはずねえ” 「常に土壇場ですよ。でも、仰るとおり、直近の5~6年が一番の土壇場。土俵際いっぱいですよ」 そうつぶやいた玉袋は、オフィス北野を離れた2020年当時を回顧する。師匠であるビートたけしが事務所を離れ、玉袋もフリーになることを決意したときは、まさに「人生の土壇場」だった。 「自分がこれまでやってきたことなんて大したことないんだけど、もうこの歳だし、“(フリーで)やってみようかな”という気持ちがあったんです。平静を装っていたかもしれないけど、心の中じゃドタバタしていましたよ。そのドタバタのなかで、朝起きたら女房が消えていた……とか、そんな立て続けにあったら、落ち込むじゃないですか。 例えると、家族と暮らしているときは雑居房で、女房に家を出られて独房に入ったって感じ。刑務所の独房と比べりゃ、酒も飲めるし、AVも見れるし、でっけえテレビもあるし、自由度は高い! でも、やっぱり独房は寂しいよね。人の土壇場を見ているときは、なんとも思わねえんだけど、自分に降りかかると、“やっぱり土壇場って大変だな”って感じましたよ」 事務所騒動で揺れるなか、共演した内山信二が「スナック玉ちゃん」に顔を出してくれたことがあった。玉袋の異変を察知して、アポなしでやってきたのだ。 「自分ではそんな顔を見せたつもりはなかったんだけど、たぶん顔に書いてあったんだろうね。内山くんも会社から独立して苦労しているから、そこを見抜かれちゃったのかな。あんなにうれしい夜はなかった。そこで少し暗闇から抜けたって感じがしましたよ」 相方である水道橋博士が事務所に残ったことで、浅草キッドは所属先が違うコンビとなった。現在は活動休止状態である。もうサンパチマイクの前に立って、漫才をする二人を見ることはできないのであろうか。 「“俺たちの漫才を見たい”って人は少数かもしれないけど、確かに今は見られねえじゃん。でも、それは“もしかしたら、ずっと見られねえんじゃねえか”って思わせる俺のアングル(想い・狙い)だから。俺は前からそれでいるつもり。 博士が“そうじゃねえよ”って言うんだったら、俺のアングルは通らなかったんだなって思うだけだね。殿(=ビートたけし)にあんなこと言ってもらって、やめるはずねえんだから。だけど、“今の状況じゃできないな”と思っているというかね」 “殿から言われたこと”というのは、著書『美しく枯れる。』に記載されている。玉袋がフリーになると決めて、挨拶に行った際に言われた“ある言葉”だ。やはり、芸人・玉袋筋太郎を語るうえで外せないのは、師匠・ビートたけしの存在である。そんな師匠を見上げるなかで、気づかされることがあった。 「中1の多感な時期にラジオを聴いて、18歳で一門に入れてもらっているからさ、俺の『ビートたけし血中濃度』は高いよ。たださ、殿がグッと(芸能界での地位などが)上がっていく姿を間近で見させてもらって感銘を受けた反面、“俺がたけしになれるわけねえ”っていうのも同時に気づくわけですよ。 例えば、今の子どもにさ、“将来、何になりたい?”と聞いたら“大谷翔平になりたい”って言う子がいるのは当たり前じゃん。だけど、年を重ねたら“俺、大谷じゃねえんだ”って気づくわけだよ。 これも言ってしまえば土壇場じゃない? だって、“自分は憧れの人にはなれない”って気づいたわけだから。俺は才能もねえし、ルックスも知恵もねえけど、逆に言えば、選択肢が無限にあるってことだよな。ただ、なれないことに悲観するんじゃなくて、他の選択肢が増えたんだって思うほうがいい。希望校は1校だけじゃないというかさ」 ◇コロナ直撃で「スナック玉ちゃん」の危機 事務所騒動のなかで、もうひとつやって来た土壇場があった。コロナだ。芸人以外にも「全日本スナック連盟」会長で「スナック玉ちゃん」のオーナーとしての顔も持つ玉袋。コロナが直撃したことで、窮地に追い込まれた。 「スナック連盟の会長をやっている限り、スナック玉ちゃんは旗艦店。コロナで店を畳んだら負けだし、スナック連盟の目的でもある『スナックの文化を絶やしてはいけない』にも反するから、そこは頑張ったよね。売り上げがゼロになっちゃったから、従業員の給料を払って、家賃払ったら赤字。協力金はもらったけど、俺なんかずっと無給だったよ。 それに、俺はずっと貯金ゼロなんだよ(笑)。コロナになって一番怖ぇのが、手金がねえことじゃん。当時、テレビの仕事も激減しているから、収入も減っちゃってさ。言うのも恥ずかしいんだけど、ウチの会社、国からお金を借りたからね。 住宅ローンも残っているのに、またローンが増えちゃった。“じゃあ今が一番ドタバタしてんじゃねえか”って話だけど(笑)。でも、動いてりゃ絶対返せる。絶対大丈夫だと思ってるよ」 コロナ前は常連も多く繁盛していた「スナック玉ちゃん」。現在も、当時の常連は30%ほどしか帰ってきていないという。しかし、玉袋のレギュラー番組『町中華で飲ろうぜ』(BS-TBS)や、登録者数が13万人以上いるYouTubeチャンネル『玉ちゃんねる』などで彼を知った新規のお客さんが急増。満卓となっている。 「新しい発見をした」と話す玉袋。経営側に回ってみて気づくことが多々あった。 「ずっとスナックに通ってはいたけどさ、内側にいる人の気持ちなんてわからないわけよ。俺なんて経営者ごっこだけど、いざやってみるといろいろ見えてくるわけ。(両方の視点を持てるのは)貴重な体験だよね。 人材は宝だってことがわかったしさ、景気よく来てくれるお客さまのところには、お返しに行かなきゃいけねえとかさ。当たり前のことなんだけど、そういうことがわかってなかったからさ、非常に勉強になっていますよ」