劇場アニメ「ルックバック」押山監督が語る 「絵描きやクリエイターの賛歌」に込めた想い
目指したのは個人制作のようなアニメ
ー映画「ルックバック」は58分の仕上がりということで、1巻読切の原作に通じる”読後感”がありました。 押山 依頼をいただいた段階からコンパクトに作る事は決まっていて、何なら当初は短編映画として映画祭に持って行きやすくする想定でした。しかし作品の質を求めていくうちに、短編尺に収めるのは難しいとなり、結局中途半端な60分の作品になってしまった(笑)。 ー尺が伸びていったポイントはどこにありますか? 押山 原作自体が「行間のある作品」というか、台詞ではあまり語らない漫画なんですよね。そこが大きかったと思います。漫画は自分のペースで読めるから、感情に浸りたいところで立ち止まっていられるんですけど、映像はどんどん流れていってしまう。そういう点で、漫画と映像では時間の使い方がかなり違います。映像の場合、1シーンがひとまとまりに見えるためには1分半くらいの尺感が一つの基準なのですが、そうした感覚に則って場面ごとに行間を足していったら結構尺が伸びてしまいました。例えば雨の中で藤野が踊るように走るシーンがありますよね。あれは漫画だと数コマなんですけど、あれを数カットで終わらせてしまったらあまりにもったいないじゃないですか。 ーまさに。以前、別のインタビューで藤本さんにお話を伺った際、漫画のコマ割りと映像の違いについてお話しされていたのを思い出しました。 押山 逆に2人の感情をもっと丹念に積み上げて感動のピークをもっと高い位置に引き上げるなど、『ルックバック』で1時間半の映画を作れることも全然できるんですけど、クオリティーをコントロールしながらいきなり長編尺にトライするのはハードルが高かったので、こういうふうにコンパクトに作らせてもらえてありがたかったですね。この映画は「個人制作のようにアニメを作りたい」という僕の思いがこもった作品にもなっていると思います。 ー制作発表時、藤本さんのTwitterアカウント「ながやま こはる」から「監督がほぼ一人で全部描いているらしい」との投稿が出されましたが、それは本当なのでしょうか? 押山 1人で全部描いてはいませんが、ほとんど僕が描いているというのは、間違いではありません。もちろん原画スタッフの皆さんの力なくしてはスケジュール内にこのクオリティで完成できませんでしたし、特に多大なる貢献をしていただいた原画さんもいらっしゃいます。その上で商業映画としては類を見ないくらい1人の人間がたくさん描いている作品になっていると思います。 ーその理由は? 押山 今回、一般的なアニメルックではなく、絵描きの手癖や線のニュアンスを許容する「マンガ寄りの絵柄」を採用したことが影響しています。例えば二重まぶたを描くとき、アニメでは機械的な一本の線になるんですけど、漫画ではその時の絵描きの気分やエモーション、構図によってタッチの本数や角度が変わるんですよね。でも、アニメでそれをやるには、関わる人数が増えると本当にまとまりのないものになってしまって、藤野が藤野じゃなくなってきてしまう。だから、一人の作家が漫画を描くように、一人の絵描きがアニメーションを大量に描かざるを得ない状況に陥ってしまいました(笑)。 ーなるほど(笑)。映画を観てすごく印象的だったのは、藤野が初めて行った京本の家で4コマを描くシーンの表情です。原作以上に「絵を描く喜び」にフォーカスされていると感じました。 押山 この映画自体、「絵描きやクリエイターの賛歌になればいいな」という想いで作りました。あのシーンについては、僕は藤野をある意味漫画の神様に愛された幸運な子供として描きたくて「まるで息を吸うように、楽しんで漫画を描いてしまったんだろうな」という気持ちで描きました。 ー通常のアニメと違うという点では、背景美術もそうですよね。本編の背景美術は独特なタッチになっています。一方、劇中の書籍に描かれている背景美術については、レジェンドクリエイターたちが担当していて、こちらは僕らが見慣れた「アニメの背景美術」になっている。この逆転がおもしろかったです。 押山 キャラクターだけじゃなく背景美術にも、「漫画の背景」を想起させるエッセンスを取り入れたいと思ったんです。アニメの背景って通常は絵の具で仕上げるものなんですけど、そこに線画で描かれる「漫画の背景」ならではのタッチを可能な限り加えています。そしてハリコミの背景美術に関しては、まさしくアニメ界を代表するレジェンドの方々に描いて欲しいと考え、最低限のリクエストだけ伝えた上で「いつもの背景美術の感じで描いてください」と、好きなように描いてもらいました。いい感じで本編の背景と差別化できたと思います。 ー背景といえば、「ルックバック」には具体的な地名や実在する施設が出てくるほか、藤本さんの出身地である秋田県にかほ市をモデルとしたと思われるシーンもありますよね。 押山 本当はロケハンしたかったんですけど、残念ながらできませんでした。ただ、原作通り実在の地名は使用していますが、実在の場所をリアルに再現しようとはしていません。山形の芸術工科大学をモデルとした箇所も学校名を使用していなかったり建物や廊下などデザインから変えています。あまりに現実に寄せてしまうと、絵による表現やフィクションの魅力を損なうと思い、僕の基準で現実と差別化しています。リアルを突き詰めると、藤野の家の住所までバレてしまいますからね。そういう作品にはしたくなかったんです。