Keishi Tanakaの「月と眠る」#28 新たな趣味の始まりの日
Keishi Tanakaの「月と眠る」#28 新たな趣味の始まりの日
ランドネ本誌で連載を続けるミュージシャンのKeishi Tanakaさん。2019年春から、連載のシーズン2として「月と眠る」をスタート。ここでは誌面には載らなかった当日のようすを、本人の言葉と写真でお届けします。 Keishi Tanakaの「月と眠る」 記事一覧を見る。 Keishi Tanakaさんの連載が掲載されている最新号は、こちら! >>>『ランドネNo。132 11月号』。
新たな趣味の始まりの日
本誌にも書いた通り、何度かやったことがある程度だった釣りに、ついに興味をもった。釣竿をいただいたことをきっかけに、足りないものを買い足し、自分の道具で釣りに出かける日が来たのだ。 その前日からのようすを書き残しておこうと思う。 とあるアウトドアフェスでライブをしたことがきっかけで、「Huerco」の釣竿をいただいた。釣りをやらない僕のために考えられた、絶妙なサイズに思えた。いままで感じたことのない釣りへの想い。良いきっかけをもらった気がした。 すぐに友だちと釣具屋に行き、この釣り竿で釣れる魚は何か、そんな会話から買い物を始める。「海で使うならアジあたりを狙いたい」とか、「渓流釣りでも使えそう」とか、話しているだけで楽しんでいる自分がいた。イメージが膨らんでいく。 友だちからは、エサではなく、ルアー釣りを勧められた。少し難易度を上げて、じっくり永く釣りを楽しんでほしいとのこと。この判断が吉と出るか凶と出るか、それは数年経った時にわかることかもしれない。 ひとまず、コレクションのように並べた自分のルアーを見て、自分に合っているような気持ちにはなった。早く使ってみたい。自分の釣竿とルアーでアジを釣ってみたい。モチベーションは高い。 撮影で何度かやったことがあるとはいえ、知識はほぼゼロに近い。手取り足取り教えてもらわなければ、釣りをスタートするところまで辿り着かない。 新たな趣味の始まりとなる今回は、海ではなく川を選んだ。時間は4時間ほど。狙いはマスのみ。「1匹でも釣れるといいね」と言いながら、心のなかでは5匹くらいを目標としていた。 指先を使った細かい作業が続く。 リールをつけ、糸を通し、その先にルアーをつける。ここまでくればほぼ準備完了。 準備が終わり、いよいよ釣り始める。楽しみにしていた時間は、驚くほど静かに始まった。 ここは天然の渓流ではあるが、下流のほうは釣り堀に近い形になっていて、竹の釣竿にエサをつけて垂らし、割と簡単に釣ることができる。姿は見えないが子どもたちの声がかすかに聞こえる。 僕もおとなしくそっちで釣っておけば良かったのではないか。そんな想いが何度か頭をよぎった。1匹も釣れないまま時間だけが過ぎていく。釣り好きの友だちは3匹ほど釣っていたが、それでも思ったほどではないらしく、暑すぎる気温のせいではないかと言った。お盆が過ぎたとはいえ、まだまだ危険な暑さが続いてた8月の終わりの話である。 とはいえ、楽しくないとは思わなかった。 釣りをしながらいろんな考えごとをするのかなと思っていたが、実際はそうではなく、釣りだけに没頭する時間が続いた。この時間だけは、日常を忘れる。SNSを見ることもほぼないし、仕事のメールを見ることに関してはゼロ。この時間を過ごすために、釣り人は海や川や湖に出かけるのか。静かな良い時間である。そう思いながら、また釣り竿に視線を戻す。 お腹が空いたらやめようと言っていた。12時を過ぎ、「そろそろかなー」という会話になった。「12時半で終わろっか」ということで決まり、少し気合を入れ直す。最後の30分だ。 本当に12時半ちょうどだったと思う。何度目かのアタリがきた。魚がルアーを口に入れたのがわかった。ここで逃してしまうというのを数回経験していたのと、これがラストチャンスということで、グッと力が入った。それが良かったのだと思う。 リールを巻き、水面から上がってきた糸の先にはマス。タイムリミッドはギリギリ。「釣りを続けなさい」という神様からのメッセージか。この瞬間に、新たな趣味が始まった。