木工で作ったパズルに文字を焼き付ける藤田佳児さん。「気付いたらみんなが近くにいてくれた」と話す（宇治市・京都認知症総合センター「カフェほうおう」）

　やすりでなめらかに加工した木材の表面に文字を焼き付ける。「失敗してもやり直せないので、慎重に」。藤田佳児さん（65）は真剣な表情で向き合っていた。京都認知症総合センター（京都府宇治市）の作業工房。同じ認知症の仲間たちも板を切り分ける作業などに取り組んだ。 【画像】血液検査で認知症判別に成功 ■転職後2カ月で診断、すぐには納得できず 　「こんなのを作ってみたら面白いんちゃうか、と誰かが言い出したら、やってみる。アイデアを一から形にするのが楽しい」。そう笑う藤田さんだが、すんなり今を楽しめる心境になれたわけではなかった。 　大手電機メーカーのエンジニアとして精密機械の設計・開発に長年携わってきた。その実績を買われ、転職したわずか2カ月後。勤務先から妻博子さん（65）に連絡が入り、「もの忘れがみられる」と受診を促された。アルツハイマー型認知症と診断された。 　すぐには納得できなかった。「仕事もでき、感じたことも話せている」。いらだちを募らせ、今後の対応を息子と話し合っていた博子さんに、「自分に直接言ってくれ」と怒鳴ったこともあった。 　かたくなな気持ちを、新たな出会いが変えた。 　同センターは認知症の人たちが集うカフェが併設されている。働けず失意の藤田さんに、相談員の桝村雅文さん（46）は「出勤のつもりで、ここに通ってみてはどうか」と誘った。少し前、藤田さんが認知症の人同士の集まりに初めて参加し、「認知症『初心者マーク』です」と冗談めかしてあいさつしていた。受け入れようとしている、その気配を感じての提案だった。 　「やりたいことはありませんか」とも問いかけてきた。一方的に支えようとするのではなく寄り添い、一緒に悩もう。桝村さんの思いに藤田さんは背中を押され、前向きさを取り戻す。足置き台の図面を書き「木工で作りましょう」と呼びかけた。これがきっかけで作業工房が始まり、藤田さんは打ち解け、多くの仲間ができた。 　藤田さんは今、博子さんに「幸せや」とたびたび打ち明ける。「出会いに恵まれた」とも感じる。認知症になった誰もが、「安心して暮らせる」ようになるわけではないからだ。 ■「私の未来かも」想像力を 　介護福祉士の増本敬子さん（67）は精神科医とのグループ「おれんじ畑」で、認知症の人の自尊心を傷付けない接し方や、なっても生き生きと暮らせる工夫を京都市で伝えている。