南北朝鮮は別国家?:北朝鮮が「統一」の目標を捨てて、新たな法整備に着手
軍事偵察衛星打ち上げが引き金か
では、党政治局会議で大韓民国を別の国家とする方針を了承したと仮定して、なぜこの時期にそれが了承されたのであろうか。ここに至る直近の出来事としては、北朝鮮の軍事偵察衛星の打ち上げがある。2023年11月21日に北朝鮮が3度目の軍事偵察衛星を打ち上げた。これは初めての成功と発表された。すると、韓国政府は、対抗措置として22日に「軍事分野合意書」の1条3項を停止させた。「軍事分野合意書」は18年9月19日に南北首脳の間で締結された平壌共同宣言を履行するための軍事分野の付属合意書である。韓国の処置に対して、北朝鮮の国防省は「軍事分野合意書」にもはや拘束されないと23日に発表した。この南北朝鮮間の争いが、大韓民国を別の国家とする方針を朝鮮労働党の最高幹部たちが了承する直接のきっかけになったと考えられる。 しかし、20年3月15日の金与正の談話が示すように、その頃から朝鮮労働党では、大韓民国との決別を主張する勢力がいたと考えられる。19年2月末に米朝首脳会談が決裂して以降、南北対話も中断していた。米朝首脳会談のお膳立てのために動いていた韓国の文在寅大統領に対する北朝鮮側の怒りは大変なものであった。それが、大韓民国を別の国家とする方針の遠因となったことは想像に難くない。
軍事境界線が国境に
現在のところ、大韓民国を別の国家とする方針がなぜ朝鮮労働党で決定されたのか詳細は不明である。約5年にわたってくすぶっていた議論が、現在になって大勢を占めた結果であるとしか言いようがない。さて、これからのことで言えることは、少なくとも金正恩の時代に、この方針が元に戻される可能性は極めて低いことである。北朝鮮は新たな国家に生まれ変わることになるであろう。 また、将来に韓国側がこれを受け入れるかどうかは分からないが、現在のところ全く受け入れる様子はない。そのために韓国にとっては、特に大きな変化があるわけではない。もともと南北対話は中断したままであるし、南北朝鮮間の軍事的な緊張は以前から続いてきたので、それも変わらないことになる。 反面、北朝鮮にはこれから大きな変化がある。韓国とは別の国家であると定義し、韓国との統一を放棄したわけであるから、国内の統一関係の組織の廃止や、領土の変更、統一関連の記念物や文献の破棄、その他のさまざまな事柄が修正や破棄されることになる。 憲法の前文には、金日成と金正日が統一に心を砕いてきたことが記されているので、それは削除されたであろう。統一関連の組織も改編・廃止されたであろう。朝鮮労働党には統一戦線部など統一問題を扱う部局があり、南北対話を担う国家機関として祖国平和統一委員会があり、他にも統一関連の社会団体はかなりあったが、それらも廃止されたはずである。 朝鮮民主主義人民共和国地図では朝鮮半島全域が領土とされてきたが、これも軍事境界線が国境となり、その以北が領土とされた。国歌で朝鮮半島全土が領土であると思わせる部分は修正された。2001年に建設された「祖国統一三大憲章記念塔」は爆破されたことが確認された。他の統一関連の記念物も破壊されたであろう。1980年以来の統一政策である高麗民主連邦共和国構想は当然に破棄されるはずである。 大韓民国は同族ではないと定義したので、民族名も再考される可能性はある。ただし、韓国での民族名は韓民族であり、北朝鮮では朝鮮民族であるから、問題にされない可能性もある。また、国名の英語表記も韓国と区別するために、KoreaからJoseonなどに変わる可能性はある。さて何よりも、統一を夢見ながらそれに心血を注いできた金日成に対する評価である。統一を推し進めてきた彼の業績をなかったことにできるのか、それとも過去のこととしてその歴史は修正しないのか、こればかりは様子を見るしかない。
【Profile】
宮本 悟 聖学院大学政治経済学部教授。専門は国際政治学、安全保障論、朝鮮半島研究。1970年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。ソウル大学政治学科修士課程修了。神戸大学法学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。日本国際問題研究所研究員、聖学院大学准教授などを経て2016年から現職。