【eスポーツの裏側】テレビが切り開くeスポーツの未来:テレ東 キーマンに聞く「STAGE:0」の挑戦と展望
eスポーツに携わる「人」にフォーカスを当てて、これからのeスポーツシーンを担うキーパーソンをインタビュー形式で紹介していく【eスポーツの裏側】。前回の連載では、Tencentのグローバル向けゲームブランドであるLevel Infiniteが輩出するスマートフォン用MOBA『Honor of Kings(オナー・オブ・キングス)』のeスポーツ責任者のSyndra氏。『Honor of Kings』の各国の盛り上がりや日本独自の大会・コミュニティ運営、『Honor of Kings』の目指す姿について、お話を伺いました。 【画像全8枚】 第46回目となる今回インタビューしたのは、高校生eスポーツ大会「STAGE:0」を開催・運営するテレビ東京の藤平晋太郎氏。テレビ東京がeスポーツに参入した経緯や「STAGE:0」の現状、そして目指している姿について、その裏側に迫りました。 ――最初に、自己紹介をお願いします。 藤平テレビ東京 IP事業局 で専任局長を務めている藤平晋太郎です。最初はテレビ局で営業職を経験し、クライアントに番組企画や一社提供番組の提案を行っていました。その後は制作現場に移り、様々な番組に関わりました。特にスポーツ系の番組が多く、野球やサッカーといったメジャースポーツよりも、スノーボードやスケートボード、車のレースなどのアクション系スポーツに力を入れていました。当時は遊びに近いスポーツとして取り上げられていましたが、後にそれらがオリンピック競技になるのを目の当たりにしました。 その後、イベント事業にも携わるようになり、ここ10年ほどはスポーツ系や音楽系のイベントを多数手掛けてきました。 ――ゲーム関連のイベントに携わるようになったのは「STAGE:0(ステージゼロ)」が初めてだったのでしょうか。 藤平2018年くらいからテレビ東京において新しいコンテンツ開発に重点を置くようになりました。特に既存のメジャースポーツではなく、まだ注目されていないマイナースポーツや、誰も手をつけていない分野に目を向けることが、我々の戦略にとって重要だと考えていました。 そのタイミングで、eスポーツという言葉が日本でも広まり、強い存在感を持ち始めていました。我々はその動向に大きな関心を持ち、eスポーツを新しいコンテンツとして成長させることができるのではないかと考えました。そこで、eスポーツを軸にした企画をスタートさせることを決定し、その結果として生まれたのが「STAGE:0」という大会です。 「STAGE:0」は、日本特有の高校生スポーツ文化を基にしています。日本では、高校生のスポーツ大会が非常に人気で、野球やサッカー、バレーボール、ラグビーなど、全国規模の大会が多く存在します。特に、地方予選を勝ち抜いて全国大会に進むという形式は、全国的に支持されています。甲子園がその代表例ですが、各地方の特色が異なる日本では、地域ごとの代表を応援する文化が根付いており、その地域性が高校スポーツをさらに魅力的にしているのです。 日本の各地方は気候や環境も異なり、例えば暑い地域では厳しい夏の練習が求められたり、寒い地域では冬のトレーニングが困難だったりと、それぞれの地域ごとに異なるハンデがあります。そのような背景の中で、地方ごとに応援文化があり、地域性がスポーツの盛り上がりに貢献しています。 このような人気のあるフォーマットを取り入れ「STAGE:0」も高校生を対象に、地方予選を経て全国大会へ進む形式を採用しました。 ――「STAGE:0」という座組を決めた後に、“中のコンテンツ”を決めていったのでしょうか。 藤平最初は「eスポーツのイベントをやる」と決意するだけで、それ以外の具体的な部分は何も決まっていませんでした。まず「開催する」という意思を固め、その後で現在のフォーマットを決定していきました。 ゲームタイトルの選定は、その後のプロセスで行われ、そしてスポンサーが決まったのは、すべての準備が整った最後の段階でした。 ――2018年では、日本のeスポーツ普及度はそう高くなかったと思います。当時、会社の反応はどうでしたか。 藤平最初に直面したのは、「eスポーツはスポーツではない」という意見でした。さらに、「所詮ゲームは遊びだ」という見方や当時話題となった「ゲーム障害」という言葉も、私たちの前にしばしば立ちはだかるものでした。新しいコンテンツを開発する際には、こうしたネガティブな意見は必ずついてきますし、それらは非常に重要なフィードバックだと考えています。 それに真摯に向き合い、特に「ゲーム障害」とは何か、具体的にどのような症状があるのか、どういったデータが存在するのかを研究しました。また「スポーツとは何か」という根本的な問いに立ち返り、eスポーツを高校生向けのスポーツイベントとして開催するべきかどうかを真剣に議論しました。 その当時から「eスポーツはいつかオリンピック種目になるかもしれない」と言われていましたが、多くの人は「そんなことはあり得ない」と考えていました。実際、IOC(国際オリンピック委員会)も当初はeスポーツに対して関心を示していない状態でした。 ――どのように社内を説得をしたのでしょうか。 藤平まず「ゲーム障害」という言葉についてですが、これは英語の「Gaming Disorder」をそのまま日本語に訳したものです。つまり、無秩序にゲームをすること、特にコンピューターゲームに没頭し、自分の都合で無制限にプレイできてしまう状況を指しています。誰にも止められず、部屋の片隅で孤立し、人とのコミュニケーションを避けるようになるといった症状が典型的です。 私たちがeスポーツに取り組む際に、すべてのタイトルをチーム競技にした理由がここにあります。チーム競技では、チームメンバーと作戦を練る必要があり、そのためにコミュニケーションを取ることが必須です。会話を通じて気持ちを共有し合い、共通の目標に向かって協力しなければなりません。そうすることで、何時に集まって話し合おう、といった時間管理も必要になり、友情や喜びを共有する場面も生まれます。 このチーム競技のフォーマットは、ゲーム障害を回避するための重要なポリシーとして取り入れました。チームで競技することで、ゲームにのめり込みすぎることを防ぐ効果があるのです。 また、eスポーツにおいてはどのような能力を競い合っているのかも重要です。特に最近感じるのは、情報の解析能力が非常に求められる点です。高い処理能力を持ち、瞬時に状況を把握し、次に取るべき行動を判断しなければなりません。敵や味方の動きを予測し、自分がどのように動くべきかを瞬時に判断する能力は、スポーツとして十分に評価されるべきだと思っています。 社内や外部の場での説明では、特にこの「チーム競技の重要性」を強調しています。 ――過去に藤平さんが携わったイベントの実績が「STAGE:0」に活かされていたり、反映されていたりするものはありますか。 藤平スノーボード、スケートボード、サーフィンは、かつてオリンピック競技ではありませんでした。しかし、これらがオリンピック競技になる過程で、世の中や選手たちの変化を目の当たりにしてきました。もともと「これはスポーツではなく遊びだ」と思っていた人たちも、環境が変わり、多くの人に応援されるようになると、遊びを超えて「頑張らなきゃいけない」と思うようになる、その転換点が確かに存在しました。 同じことが、eスポーツにも言えると思っています。最初は「遊びだ」と思っていた人たちも、応援する人が増え、環境が整い、評価されることで、自分たちのモチベーションや考え方が変わってきています。この数年で、eスポーツの世界でも、そういった変化が起きていると感じています。 ――「STAGE:0」を始動するにあたり、「楽しかったこと」と逆に「大変だったこと」を教えてください。 藤平2019年にeスポーツ大会を勢いよく立ち上げた際、最初にフォーマットやゲームタイトルを決定するための交渉に取り組みました。しかし、その過程で多くの壁に直面しました。パブリッシャーやスポンサーの協力が得られず、特にどんな大会なのかという説明から始める必要がありました。それでも、最終的には質の高いゲームタイトルが集まり、スポンサーも確保できたことは非常に嬉しい成果でした。 しかし、次に高校生の参加者を集めることが非常に難航しました。テレビCMを打っても高校生たちの視聴率が減少していたため、効果が薄いと感じることが多く、最初の1週間ではなんと2校しか応募がありませんでした。このままではまずい……と、全国の高校に電話をかけ、地方のメディアパートナーとも協力して積極的にアプローチしました。私自身も50校以上に電話し、手分けして大会の趣旨を説明し、参加を促しました。 結果的に、全国から約1,500校の高校生が集まり、2019年の初大会は成功を収めました。会場に足を運んだ際に、高校生たちの姿を見たときは、心から感動しました。 2020年の夏に新型コロナウイルスの影響で、全てのスポーツイベントが中止となる中、eスポーツだけはオンライン開催を可能にし、全国の高校生たちが参加できる環境を維持しました。2020年から2023年にかけて、私たちはオンラインでの大会を継続的に実施しました。AR技術を駆使し、地方の高校生たちに機材を送付してそれぞれが撮影した映像をスタジオに集めて、立体的で臨場感のある大会を実現しました。このアプローチは多くの方々から評価され、オンライン開催がかえって高校生たちの参加を促進する結果となりました。 ただ、ここ数年は本当に辛抱の時期でした。立ち上げ当初のバブリーな雰囲気から、コロナ禍に入ると全体的に厳しい状況が続きました。それでも、さまざまな人たちに応援を受けながら、イベントを育て続けることができ、非常にありがたいと感じています。 ――過去大会の出場者の方は2024年現時点では、高校を卒業している方も多いと思います。大会出場後に学生との関係性はあるのでしょうか。 藤平「STAGE:0」には、今後の課題がいくつか存在しています。特に、参加してくれた学生とのリレーションシップの構築や大会の運営体制が重要なポイントです。高校生たちが参加することに対して、彼らに何を提供できるのかを考える必要があります。 例えば、甲子園のような伝統的なスポーツ大会では、全国大会での優勝がプロ選手への道を開いたり、大学への推薦入学につながることがあります。このような明確なメリットが高校生には非常に大きな魅力となっています。eスポーツでも同様に、参加することで得られる具体的な利点やキャリアパスを整備することが重要です。 そのため、「STAGE:0」では、今後も高校生に対して魅力的な機会を提供できるよう、プログラムやサポート体制を強化する必要があると感じています。 これまで高校生と接点のある商材を扱っている企業が多くスポンサーになっていましたが、特に一部の企業さんからはリクルート目線でご協賛頂けたことが非常にありがたいです。eスポーツをやっている学生たちは優秀な人材が多く、eスポーツの成績が高いと評価される風潮も徐々に広がっています。 テレビメディアの役割も重要だと感じていて「STAGE:0」の大会で優勝した選手や才能ある選手をしっかりと紹介し、ドキュメンタリー番組を制作したり、様々な番組に出演してもらうことが必要です。大会での成功は、その選手の優秀さを証明するものですから、こうした取り組みが産業の発展に寄与すると思います。 ――他ジャンルのイベントを開催してきた藤平さんから見て「これは“eスポーツ大会”ならではの独特な部分だ」と感じる部分を教えてください。 藤平やはり「設備」の面が重要だと感じます。私たちが通常のスポーツイベントを作るときとは違って、eスポーツの場合は倍の準備が必要なんです。最初はその特殊性が理解できなかったのですが、特にゲーム内のコントロールやカメラの扱いについて聞いたときは「何のこと?」って思いました。ゲーム内カメラのスイッチングが必要だとか、配信を同時に立ち上げることが求められていて、準備にかなりの手間がかかりました。これにはコストもかかるので、事業者としてはその部分がとても重要なんです。テレビ局としては、技術面でもたくさんの会社と共創があるので、案件ごとに適切な会社を選んで、条件を調整することができるんですが、eスポーツではそういう制作能力を持っている会社がまだ少ない。 ここを強化していくことが、この産業が成長するための大きなポイントだと思います。 ――藤平さんは、個人的にゲームをプレイされていますか。 藤平『クラロワ』(クラッシュ・ロワイヤル)を少し嗜んでいますが、ものすごくプレイをするというわけではありません。 「STAGE:0」においては、初心者の目線も大事にしたいんです。これからの課題として、eスポーツの人口を増やす必要がありますし、競技を楽しむ人たちを増やすことも重要です。eスポーツを観る人の約半分は、自分のスキルを上げるために観ているんですよね。野球中継のように、単に楽しむためだけに観る人が増えないと、マーケットは広がりません。それに、今のゲーム画面の見せ方についても少し変える必要があると思います。IPの協力も必要ですけど、視覚的に分かりにくすぎる状態は避けたいです。 ――「STAGE:0」の目指している姿を教えてください。 藤平日本全国の人たちが楽しめるような、甲子園のような存在になりたいと思っています。具体的には、全国大会を通じて感情移入できるコンテンツを作り、ビジネス面では放映権が成立するレベルに成長させたいです。また、観客がチケットを払ってでも来たいと思えるようなイベントにしたいです。 次の段階としては、Under18のeスポーツ大会を国際的に展開したいと考えています。たとえば、「STAGE:0 KOREA」や「STAGE:0 ASIA」といった形で、東南アジアや韓国のチャンピオンと対戦する機会を作りたいです。具体的にお話をもらっていてミーティングも始まっていて、少しずつ進めていきたいです。 今もまだ辛抱の時期ですが、コロナの影響でeスポーツの強みを発揮できたことは大きいと思っています。オンラインでの参加者が増えたのも、そのタイミングで耐え抜いた結果だと思っています。成長を続け、進化を目指していくことが大切だと思っています。 ――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。 藤平テレビ局がeスポーツを活用する方法について、ぜひ皆さんからのアイデアをいただきたいです。eスポーツとテレビ放送の親和性はなかなか難しい課題です。しかし、テレビ放送は視聴者が多く、特にオープンな人たちが多く観ているという特性があります。このテレビ局の強みとeスポーツの魅力をどう組み合わせるかが重要だと思っています。皆さんからの新しいアイデアや支援を心から求めています。 「STAGE:0」は、高校生が参加してくれて初めて成り立つものです。そのため、参加者にとってのメリットをしっかり考え、魅力的な体験を提供することが私たちの使命です。高校生の皆さんがこのイベントに参加する意義を、ぜひ私たちに教えてください。 最後に、私たちのコンテンツはまだ成長過程にあります。一緒に盛り上げて、より良い未来を築いていきたいと考えています。皆さんのご参加とご意見をお待ちしています。共にeスポーツの新たなステージを創造していきましょう。
Game*Spark 森 元行
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