次代の担い手として嘱望される藤井颯太郎率いる幻灯劇場、最新作は「痛みを取り戻す物語」
劇作家や映像作家、俳優、ダンサー、写真家など多様な作家が集まり演劇をつくる幻灯劇場。主宰の藤井颯太郎が18歳の時に書いた旗揚げ公演の『ミルユメコリオ』で、せんだい短編戯曲賞を最年少受賞。以降、2017年文化庁文化交流事業として『56db』を製作、2カ国5都市で上演するなど、国内外で挑戦的な作品を発表し続けている。2023年にはABCテレビ『THE GREATEST SHOW-NEN』にてAぇ! groupとコラボし上演した音楽劇『鬱憤』が大きな話題を呼んだ。 また、フェニーチェ堺での実験的な演劇ワークショップシリーズや、日本センチュリー交響楽団×豊中市立文化芸術センターとのコラボ作品、HOTEL SHE,がプロデュースする宿泊型イマーシブシアター“泊まれる演劇”の演出や脚本を手がけるなど、活動は多岐にわたり、演劇を多角度的に照射している。 9月に京都、12月に東京で上演される最新作『フィストダイバー』は、痛みをもった人々が織りなす‟超鈍感群像劇“という。藤井が描く、「日々の生活から痛みを取り戻す旅」とは? そして、今、演劇界が抱える問題について、その取り組みも聞いた。
――痛みというのは、手放したいもの、なくしたいものという印象ですが、それを取り戻すとは、どういうことなのでしょうか? 僕はよく、どうしようもない未来や過去のことばっかり考えちゃうんですけど、その瞬間、今ここにある時間や身体を無視しているなと感じることがあるんです。机に向かって物語を書いているときなんか特に身体性が失われるというか、体が置き去りになっている感覚があって、それがここ二年くらい続いていたんです。で、今年に入って大きい怪我をしたり、起き上がれないほど身体を痛めてしまって。それで気づいたんですけど、痛いときって、今、この瞬間にすごく集中できるんですよね。未来とか、過去とかに気が散らないじゃないですか。それどころじゃないから。 ――確かにそうですね。痛いときはそのことしか考えられないですね。 痛みって毛嫌いされがちな存在ですけど、痛みによって生きていることを肯定できたり、痛みによって今、この瞬間と密接に繋がれたりするんじゃないかって気付かされたんですよね。なので今回の作品で言う「痛みを取り戻す旅」というのは「今、この瞬間生きている感覚を取り戻す旅」ということでもあるかもしれません。 ――「超鈍感群像劇」というキーワードもあって、「鈍感」と「痛み」という語句が並んでいるのも面白いなと思ったのですが、その辺はどのように見せようとお考えですか? まず、痛みになれすぎてしまって麻痺している人を描いてみたいと思いました。たとえば、クレームを処理するコールセンターで働く人達。日々、何か言われているうちにだんだん平気になってくるんだけど、はたしてそれは本当に平気になっているのでしょうか。痛みがないだけで、もしかしたら血は流れているのかもしれない。鈍感に見える人たちが、本人も気づいていない部分で抱えている痛みを描いてみようと考えています。 ――コールセンターで働く人のほか、どんな人物が出てくるのでしょうか? 殴られ屋の方とかですかね。タイトルの通り“拳に飛び込む人”ですね。この方も痛みを受けることが日常的な仕事になっています。他にも都会で生きる熊撃ちとか、交番の前のホワイトボードを盗んでしまう女とか、夢遊病の熊とか、痛みに鈍感になってしまった人たちが出てきます。 ――藤井さんはいろんな角度から演劇と向き合っている印象があるのですが、今回はどう向き合おうとお考えですか? いま日本で仕事として演劇を作ろうと思った時、効率的に創作せざるを得ないことがあるんですね。リハーサルの時間が短すぎるし、新しいことも試せないことが多くて。極端な話「10日間である程度のクオリティまでまとめてください」とか。仕事でそういうことをやって来たので、自分たちの劇団で同じように効率的な創作をしても仕方ないと思いはじめまして。なので、今回は“なるべく非効率に作ろう”という目標があります。台本は置いておいて、稽古場にある道具や俳優同士の身体で遊んで新しい風景を作る、というのが今回の試みですね。作品のテーマを共有して「じゃあ、こういうルールで小作品を作ってみよう」といくつか小さなシーンを作っていって、それをだんだん大きくしていく感じです。 ――その発想はどこから来たのでしょうか? 海外の演出家の方の創作のお話を聞いてショックを受けたんですよね。ディミトリス・パパイオアヌーさんというギリシャの演出家さんは稽古場にいろんな小道具やパペットを持ち込んで出演者と稽古場で遊ぶそうです。そこで面白いシーンをいくつも作っておいて、最後にそれらを並び替えて物語にするという手法で創作されるそうです。イスラエルの振付家インバル・ピントさんが去年上演された『リビングルーム』という作品は、コロナ禍、外で遊べなくなった期間に娘と共に家の壁紙に絵を描いて、そこから壁紙の中に入ってしまう女性の物語を組み立てて行ったそうです。イマジネーションの始め方や膨らませ方、観客に向けた調節まで本当に自由でユニークで、それらのお話を聞いたり彼らの作品を見たりしたときに自分の創作過程を見直そうと考えるようになりました。 ――その取り組み方には、創作以外の意図も含まれているのでしょうか? そうですねぇ。新しい創作方法を模索する中で、俳優と演出家との関係も変わっていけばいいなぁと思っています。し、実際、少し変わったように感じます。創作のスタート時点で、演出家と俳優がそれぞれに持つ情報量の差が少なくなったので、以前より関係はフラットになった印象があります。俳優が演出家に「教わること」がなくなった代わりに、演出家と俳優がそれぞれの立場から「相談を持ちかけること」が多くなりました。 今、演出家に求められている能力がどんどん上がってきていると感じるんです。単純に作品内容に対する勉強も必要ですし、劇場という特殊な環境を使って演出するための専門知識も必要ですし、俳優に対して演技について論理的に話す為の理論と言語能力も必要になるし、現場でハラスメントを起こさない状況を作るチームづくりの力も必要ですし、スタッフ陣との調節も行うコミュニケーション能力も必須で、全てを満たそうとするともう、スーパーマンみたいにならなくちゃいけないなと思って。 でも新しいやり方を模索するようになってから、俳優として稽古場にいる劇団員のみんなが少しずつ、僕が演出家として今まで背負っていた荷物を一緒に背負ってくれるようになりました。単純な例だと、議論がヒートアップしそうになった時や、演出に夢中で俳優の疲労度合いに気づけない時に「このタイミングで一旦休憩挟もっか!」と提案してくれたりとか。そういう時、「あぁ、スーパーマンじゃない僕でも演出続けることが出来るのかも」と救われた気持ちになっています。 ――そういう作り方に関して、劇団員の方は何かおっしゃっていますか? 人によりますけど、怖がりつつ楽しんでくれたり、もっとやろうって感じだったり。「稽古場にいやすくなった」と言ってもらえた時はとても嬉しかったですね。幻灯劇場の稽古場ではここ数年かけて、俳優各々の中にいるディレクターを大事にしていこうという方針を立てていて、俳優から「私はこういう方向に進んだ方がいいと思っている」と提案をもらえたりすると、やっぱり一緒に創作していてとても楽しいですね。 ――自分の中にディレクターを持つというのは、責任感が伴いますし、怖い部分でもあるでしょうね。 そうですね。でも、演出家から俳優へのハラスメントを予防するという意味でも、俳優にそのように参加してもらえる稽古場を作っていくというのは一つの手かなと思っています。 ――その面で参考にされている方はいらっしゃいますか? 野田秀樹さんのワークショップはかなり楽しかったですね。ワークショップでは野田さんも一緒にゲームに混じるのですが、ある程度、関係性がフラットになるというか。そのあとで作品を作る段になったら、俳優も「野田さんの案もいいけど、こっちもいいと思うんです」と提案していて。そういったチーム作りができるようになりたりたいなぁ。『フィストダイバー』でも、作る側も、観る側も、楽しめる作品を作りたいと思います。 <公演情報> 幻灯劇場第11回公演「フィストダイバー」 【京都公演】 ▼9月13日(金)19:00 ▼9月14日(土)13:00/17:00 ▼9月15日(日)13:00/17:00 ▼9月16日(月・祝)11:00/15:00 THEATRE E9 KYOTO 一般-4000円 U30-3500円(要身分証) 学生-2500円(要身分証) [作・演出]藤井颯太郎 [出演]小野桃子/城野佑弥/中尾多福/今井秋菜/布目慶太/鳩川七海/藤井颯太郎 ※未就学児童は入場不可。 【東京公演】 ▼12月27日(金)19:00 ▼12月28日(土)13:00/17:00 ▼12月29日(日)11:00/15:00 浅草九劇 一般-4000円 U30-3500円(要身分証) 学生-2500円(要身分証) [作・演出]藤井颯太郎 [出演]谷風作/村上亮太朗/松本真依/橘カレン/宇留野花/鳩川七海/藤井颯太郎 ※未就学児童は入場不可。