フェザー級の米逸材に訊いた「井上尚弥」 誰もが“打倒”を謳うモンスターとの近未来を「集中すべきではない」と語る理由【現地発】
井上はそれほど遠くないうちにフェザー級に
もちろん、あまり先走るべきではないのは事実である。現在27歳のキャリントンは世界タイトルへの挑戦経験すらなく、いわば“まだまだこれから”という選手。9月には曲者のスライマン・セガワ(ウガンダ)に苦戦し、2-0の判定勝ちでなんとか生き残った試合も見せた。 6月の件に関しても、井上が「わざわざキャリントンの試合を観に行った」というより、全米ボクシング記者協会の表彰式出席のためにニューヨークに滞在中に顔を出した興行のメインが彼だったという方が適切。実力的にも、全世界最高級の選手と認められるようになった井上と比べる段階ではないというのが正直なところではある。 ただ、期待したくなるのは、周囲がすぐに“イノウエ”の名を出したがる中で、キャリントン自身に気負いが感じられないことだ。2014年に兄が銃殺されるという悲劇を経験したこともあってか、成熟を感じさせるブルックリナイト(ブルックリン出身者の愛称)は、しっかりと目の前だけを見据えている。 「(井上戦は)いずれ実現できたらもちろんうれしく思う。ただ、今、フォーカスすべきはそこではない。現在の目標はフェザー級王者になること。僕はWBC 1位、WBA、WBO2位まで来たのだから、同階級の王者たちに照準を定めている。井上戦をいつか挙行できたらすごいことだけど、その前にやらなければいけないことがある」 まずは来年、世界初挑戦を実現させるのが、キャリントンの現実的な目標となるのだろう。WBO王者ラファエル・エスピノサ、IBF王者アンジェロ・レオは、キャリントンも契約するボブ・アラム氏が率いる米興行大手『TOP Rank』と関係の深い選手たちでもある。ゆえにタイトルマッチへのカウントダウンは始まっているといっていい。そこで力を示すことができれば、その先には、より重要な試合が見えてくるはずだ。 本人の言葉通り、現状では井上戦は余りにも時期尚早。その一方で、キャリントンは「フェザー級で統一王者になりたい。まだまだ長い時間が必要だと思う。それを成し遂げるまではここにいるよ」と述べている。それと同時に、スーパーバンタム級でも4冠を統一した井上はそれほど遠くないうちにフェザー級に上がってくるのだろう。だとすれば、キャリントンが目論み通りに世界王者になったその時には……。 いつか“シュシュ”の井上挑戦が実現したら、その時にタイソンがリングサイドに現れても驚くべきでない。まだ気は早くとも、そんな楽しみな未来を想像できる選手が“世界の首都”ニューヨークから現れたことを、ボクシング・ファンは喜ぶべきなのだろう。 [取材・文:杉浦大介]