【イベントレポート】作品に通底するものは?濱口竜介が東京藝大時代の撮影裏話や人物造形の“くせ”を語る
映画監督の濱口竜介が本日10月14日、東京藝術大学大学院映像研究科 映画専攻の設立20年を記念した上映会に登壇。2006年に2期生として入学した濱口は、恩師である映画専攻長・教授の筒井武文とトークを繰り広げた。 【画像】東京藝大時代を語った濱口竜介と筒井武文 藝大に在籍した2年間の全作品を紹介する特別プログラムが行われた濱口。この日は入試課題で手がけた作品に加え、在学中に監督した「遊撃」「記憶の香り」「SOLARIS」、修了作品として発表した「PASSION」が上映された。 ■ 藝大入試を振り返る濱口竜介「自分の執念を感じました」 まず濱口が大学院に在学していた頃を語った2人。筒井が「映画専攻には監督・脚本・プロデュース・撮影照明・美術・サウンドデザイン・編集と7つの領域があります。僕ら教員は、学生が院を修了してからもその仲間と一緒に映画作りをしていく形を理想としていました。それで言うと濱口くんは当時の仲間と一緒にやっているよね」と話を振ると、濱口は「そうですね。ずっと同じ方ではないですが、特に撮影や編集などはここで出会った人たちと」と返す。 第1期生募集の際は不合格だったという濱口は「なんで落ちたのかわからないまま自問自答する日々でした」と笑う。「1年目のときはテレビ番組制作会社のADをやっていて、そこを辞めて受験したんです。おめおめ帰ることもできないので、個人指導の塾講師などをやって、また1本自主映画を作りました。1年目は最終面接までいったので、全部が全部ダメだったということでもなさそうだと。どこがよくなかったのか理解するためにも、もう1回受けようと思っていたんです」と振り返る。筒井は「1期募集のときから濱口くんは抜きん出ていましたよ。受験前に撮った8mmフィルムの映画も印象的なカットがたくさんあった。ただ15人くらい残っているうちの半分を落とさなくてはいけなくて、傾向が近い人同士でどちらを取るかという形になった」と裏話を明かす。対する濱口は「加藤直輝さんと比べられて落ちたんだよと言われて(笑)。友達の友達だったので、作品(「FRAGMENTS Tokyo murder case」)を観せてもらったらショックを受けた。確かにこれは落ちるなと思ったんです」と述懐。さらに当時の面接を「大学院に入って、それから商業映画を撮る気はあるんですか?と言われて、そういう気持ちは当時そんなになかったので『ありません』と答えた記憶があります」と思い返した。 入試課題についても触れた濱口は「1週間、2週間前に課題をもらってほぼ即興のような形でした。テーマだけ与えられて、当日に役者を3人選べると聞いていました。撮影はするけど編集はできず、カットナンバーを振ったものを見られて評価される。撮影を先生たちが見て回っていたので、所作なども審査の基準に入っていたかとは思いますが、1年目はよくわからないまま過ぎていきました。編集に依存しないように2年目はワンシーンワンカットで撮りました」と仔細に述べる。また「役者さんたちがすごいと思いましたし、自分の執念も感じました」と久々に入試課題の映像を観た感想を口にした。 ■ 通底する男性キャラクターのある種の空っぽさ 続いて話は「遊撃」へ。筒井が「ほかの班に比べて素材の量が5、6倍あって編集の選択肢がすごく多かった」と編集担当が苦労していたことを明かすと、濱口も「『SOLARIS』『PASSION』もお願いした山本良子さんですね。2年間だいたい一緒にやっていただいて、たくさん喧嘩もしたことを覚えています」と懐かしむ。筒井の「これは傑作じゃないですか」という言葉に、濱口が「ありがとうございます、私は耐えられなくて(上映している部屋)を出たんですが」と謙虚ながらも喜ぶ場面も。 16mmで撮った「記憶の香り」に関して濱口は「フィルムで撮る機会は一生ないかもと思って制作しました。撮影の佐々木靖之さんも非常に優秀な方で、楽しく撮った記憶があります。自分以外の人の脚本でしたが、何度読んでもちょっとどういう話かわからなかった。なのでわからないままに撮ったんですが、もったいなかったとは思います」と回想。筒井も「濱口くんの作品系列とちょっとは外れたところにある」と評する。濱口は「カット割りをしっかりして無駄のないように撮ろうとはしていた気がします。『SOLARIS』も同じような感じで、僕のスタイルとはずいぶん違うものをやりました」「藝大の2年間で、男性キャラクターのある種の空っぽさは通底している気がしますね。意識をしたわけではないんですが、脚本に書かれてあるよりも、そこに寄せていたのかもしれないです」と分析。のちに何度も仕事をする河井青葉と出会ったことは大きな出来事だったとも述べた。 また濱口はスタニスワフ・レムによるSF小説「ソラリス」をもとにした「SOLARIS」を作った際は、学年全員が脚本コンペに参加したと話す。自身は“撮影が可能である”という点を意識して脚本を書いたところ、審査に通ったそうで「会話劇にしました。大掛かりなセットはそんなにいらないですし、最低限物語が伝わるようなものができればいいだろうと。どう撮影するつもりなんだ?という脚本をみんなが出していて。自分の脚本に決まってみんな死なずに済みました」と笑顔を浮かべた。また修了制作となる「PASSION」について「『SOLARIS』は照明の位置が絶妙に決まっていて、役者さんはこの位置に来てくださいという感じで演出もしていました。その不自由さもあったのではと反省していたので、『PASSION』は役者さんに思うようにやってもらって、あっちこっちから撮るようにした映画です」と説明する。 ■ どのテイクを使えるかは出たとこ勝負 濱口が取り入れているイタリア式本読みに関する話題も。濱口は「やっていなかったときは、現場でトーンがかなりばらつく印象がありましたが、(イタリア式)本読みをするとある程度収斂していくんです。僕は現場で細かく役者さんに何か言うことはないのですが、本読みをしておくと『これはちょっと違う』というものは出てこない気がします」と言いつつ、「実は(現場では)どうなるかわからないままやっているところがあって、本当によく撮れたものをつないで作っている感じなんです。ある程度クラシカルな編集ができるようにカメラを置いてはいますが、どのテイクを使えるかは出たとこ勝負なんですよ」と明かす。長回しについて話を振られると「編集が決まっていないから長回しをしているわけではなくて、長く回せば回すほど演技がしやすいのだという感覚があるんです。役者さんの中で発展する何かがあると思って」と答えた。 ■ 本音をこぼしてしまう登場人物たち「それがくせというか、それしか手がない」 終盤には観客とのQ&Aも実施。登場人物が本音をこぼしてしまうことが物語の転換点になることが多いのでは?という指摘に濱口は「それがくせというか、それしか手がないというのが実感。面白くしようとすると、隠されていた感情・関係性が浮上するという手立てになる。やりたくてやっているというより、やっちゃっているというのが実際のところですね」と返す。さらにほかの観客から「その描写に惹かれる理由や原体験はありますか?」と掘り下げられると、「やっぱり人間性の反映っていうのはあるんじゃないでしょうか。私がどちらかと言うと率直ではない人間であることと関連しているのでは。率直でありたいとある程度願っていますし、相手が率直に付き合ってくれていると思うとシンプルに安心しますよね。そういう関係を結べるといいと考えていることがベースになっているとは思います」と言葉を紡ぐ。 「本当はこういう作品が撮りたいというものはありますか?」という質問には「アクション映画も撮りたいですよ。釜山国際映画祭で黒沢(清)さんが名前を挙げて『濱口もジャンル映画を撮ったらいいんだ』とおっしゃってくださいましたが。環境を得られたら撮りたいと思っています」と回答して、期待をあおるシーンも。また濱口は今後について「準備しているものはあります。来年撮って、再来年ご覧いただけるような状況があればいいなと思っています」と控えめに語った。 「東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻 設立20年記念上映会」は10月27日まで神奈川・東京藝術大学大学院 馬車道校舎の大視聴覚室で開催。1期から20期までの代表作として、 オムニバス3作品を含めた全72本が上映されている。 (c)東京藝術大学大学院映像研究科