読書は恥ずかしいと感じていた少年が、三島由紀夫「金閣寺」に出会ったとき……平野啓一郎さん
作家の平野啓一郎さん(49)は昨年、デビュー25周年を迎えました。ロマン主義的な第1期、短編が目立った第2期、自己の複数性を唱える「分人主義」をテーマにした第3、4期を経て、いよいよ第5期に突入したようです。膨大な読書を重ねた人らしく「私を作った書物」に挙げたのは、いずれも全集です。
『決定版 三島由紀夫全集』全42巻、補巻1、別巻1(新潮社) 各6380円
「金閣寺」との奇遇
山や海を身近に感じられる工場の街、北九州市で育った。屋内で過ごすよりも外で遊ぶほうが好きだった。読書は「恥ずかしいことみたいな感じがしてた」。傑作との奇遇は、中学2年の時に訪れた。片道1時間の通学路で、退屈しのぎに三島由紀夫『金閣寺』を読み、衝撃を受けたという。
作中では、社会とうまく関係を結べない吃(きつ)音(おん)の青年が、美の象徴である金閣寺への放火を企てる。「文体のきらびやかさと、主人公の非常に暗い内面。その両者のコントラストがすごく新鮮だった」
三島は1970年に東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で命を絶った。自身が生まれた75年にはこの世にいなかった。それでも、衝撃的な自決は、社会の記憶に新しかった。昭和の重大事件を特集するテレビ番組で取り上げられ、周囲の大人も三島について語り合っていた。
「作家である以前に、不思議な人っていう関心が漠然とあった」と振り返る。
三島はなぜ自死を選んだのか。昨年刊行の大著『三島由紀夫論』では、長年の疑問に自答するかのように、自決に至るまでの作家の内面に肉薄した。机の周りに『決定版 三島由紀夫全集』全42巻を積み上げながら原稿と格闘し、執筆期間は23年に及んだ。
「どうしてああいう死に方をするのかという大きな疑問があった。それを理解する上で代表作だけではなく、全集にしか収められてないエッセーだとか、対談だとか、創作ノートがすごく役に立った」
文学の道案内
中学・高校時代は、街の書店で、朱色の背表紙が目を引く『仮面の告白』や『潮騒』などの文庫本を買っては読んだ。特に、文壇の寵(ちょう)児(じ)となった三島による身辺雑記『裸体と衣(い)裳(しょう)』には、大きな影響を受けた。国内外の文学についての所感や作家論をつづった評論的な性格も備えた一冊だ。