真面目な女子大生はなぜ大量の「幻覚キノコ」を摂取したのか…麻薬取締官が「もはや人体実験」と絶句した壮絶な現場
「最後だから」
その後、姉を立会人として“彼女”の部屋を捜索すると、寝室のテーブルの上には中身の詰まった透明なカプセル(医薬品用)数十個が、また、カプセル充填機や、空のカプセルが多数放置してあった。 乳鉢と乳棒もあり、乳鉢の中にはすり潰したキノコと、一部を砕いた白色錠剤が入っている。リビングには菌床が入ったプランターが5、6台置かれ、多数のキノコが栽培されていた。冷蔵庫の中には、乾燥済のキノコが詰められた大型のプラスチックケース、リビングの床には扇風機、その前に乾燥中のキノコが置かれていた。そして、テレビ横にある男性もののバッグには多数の白色錠剤(ポリ袋にBZと記載)、さらに電子秤等の小分け道具が入っていた。だが、とりわけ私が気になったのは、ベッド脇に放置されたクリップボードだった。そこに挟まれたA4紙には文字が殴り書きされていた(最後の行は字が乱れており、解読が難しかったが……)。 ×月×日×時~ 最後だから…… メキシカンBZ ブレンド 12:00 カプセル10個 12:30 吐き気、2回吐く、すごく気分が悪いよ、怖いよ、眠い―― 13:00 色にりんかくが。すごい……このまま 「メモが生々しいですね。この女、栽培だけでなく、自分の体で栽培したキノコの効果も確かめていたのでしょうか? 痙攣して泡まで吹いているところを見ると、キノコだけじゃないですね。何かの粉末が混ぜてある」 クリップボードを手にした取締官が悲しそうに呟き、私はそれに頷いた。 「そうだな。“メキシカンBZ ブレンド”とは、メキシカンキノコとベンゾジアゼピン系の睡眠薬を混ぜたものだろう。乳鉢で錠剤を潰した形跡がある。幻覚剤と睡眠薬、一緒にやったらどうなるのか? こんなのは初めて見た……」
「メキシカンBZ錠剤」とは?
メキシカンとは、「Psilocybe cubensis(シロシベ・クベンシス)」という学名のキノコの俗称で、和名は「ミナミシビレダケ」という(国は2002年に幻覚キノコ類を麻薬原料植物として規制。国内で13種、海外で52種の存在が確認されている)。 日本国内に自生するミナミシビレダケは、牛糞や馬糞を菌床とすることが多いため、自宅で栽培するのは難しい。私は自生キノコの生育調査にかかわったことがあるが、牛糞などに生えるミナミシビレダケには線虫のほか、ダニのような小さな虫が寄生しており、乾燥の段階で傘裏のヒダから這い出てくる。ヒダに傷がつくと、紺色の液汁が染み出てくることもあり、この様子を目の当たりにすると、ふつうの感覚ではこのキノコを食べる気は起こらないはずだ(実は、著者が知る中に、過去にこのキノコを食べた男はいた。その後、男は幻覚に加えて下痢と嘔吐で苦み続けたが……)。 一般的に密売されているマジックマッシュルームは、そのほとんどが栽培キット(菌床と栄養剤がセットになったもの)を密輸して栽培したものだ。室温や湿度の調整、水やりや収穫時の乾燥など、手間暇はかかるが、上手く育てれば3~4週間で収穫できる。我々はこれを“人工栽培品”と呼んでいる。 一方、この件では、部屋から「BZ」と記されたポリ袋に入った錠剤が発見されている。BZとはBZDとも略される“ベンゾジアゼピン系”の向精神薬で、催眠・鎮静・抗不安剤として使われる。睡眠薬の場合は、超短時間型、短時間型、中間型、長時間型と持続時間によって、4つのタイプに分類されるが、発見した錠剤は著名な中間型の処方薬だった。これを砕いてキノコに混ぜたものが「メキシカンBZブレンド」でないかと私は推測した。どんな効果を狙ったのかは分からないが、いずれにしても恐ろしい話だ。