密売用キノコ（著者提供）

「マジックマッシュルーム」や「幻覚キノコ」と呼ばれる麻薬成分が入ったキノコがある。先日もこのキノコの“菌床（キノコの種菌を植え付けた培地）”約600グラムを密輸したとして神戸市内に住むスペイン人の男（39）が逮捕・起訴された（7月13日付け神戸新聞等）。 【写真】水面下で不気味に広がり続ける“密売用キノコ”の実物。栽培した幻覚キノコをミキサーで粉砕し、すり鉢でさらに細かくする様子も 　詳細は後述するが、“麻薬成分が入ったキノコ”とは、LSDと類似した幻覚作用を持つ“麻薬サイロシビン又はサイロシン”を含有するキノコのことを指す。摂取することにより、幻覚、陶酔、思考困難、不安など、感情や時間感覚の変化といった精神作用を発現。乱用ないし中毒になった者を凶暴化させ、殺人をはじめとする攻撃行動に至らせたり、あるいは自殺を試みさせたりすることもある。 　私は現役の麻薬取締官時代に多くの「キノコ事件」を処理したが、＜真面目な女子大生が、幻覚キノコを巡って男から骨の髄まで利用された事件＞を忘れることができない。薬物犯罪では男より女が傷つく。今回も実に悲しい話になるが、彼女の物語を少し紹介しよう。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】 （全2回の第1回）

泡を吹き、痙攣……毛布の上には激しく嘔吐した痕

「妹の様子がおかしいんです。詳しいことは分かりませんが、何かの薬物を使用しています。妹は真面目で、過去に重篤な病気で苦しんでいるので、自分から身体を壊すような真似をするはずがありません。親しくなった男に騙されているんです。妹の住むアパートへ行ってみたら“キノコのようなもの”まで栽培していました。田舎の父が病床にあるので、母には相談できません。お願いです。妹を助けてください……」 　ことの発端は“姉”からの悲壮な相談だった。詳しく聴いてみると、彼女の妹は大学3年生でひとり暮らし。タイ留学中に知り合った日本人の男に麻薬を強要されたようで、その後は身体が衰弱し、大学へも行けていない。意識が混濁したり、極度に興奮したりするなど、中毒症状を呈すこともある。その上、マジックマッシュルームの栽培までやらされているというのだった。 　緊急対応が必要と判断した私たちは早速、捜索令状を取得。姉とともに妹のアパートに臨場した。 　ピンポーン、ドンドンドン――。 　何度となく呼び鈴を鳴らし、姉が懸命に妹の名前を叫ぶが、室内から返事はない。携帯を鳴らすと、ドア越しに小さな着信音が漏れ聞こえてくるが、それ以外の反応はない。仕方なく鍵を破壊して踏み込む。すると、薄暗い寝室の床に痩せ細った女が倒れていた。 　髪が乱れ、額にべっとりとまとわりついている。口からは泡を吹いており、小さく痙攣しているのも分かる。さらに、毛布の上には激しく嘔吐した痕があった。呼びかけると微かに反応するが、意識は朦朧としたままだ。私が「危ないぞ！　急性薬物中毒を呈している」と言うや、取締官が直ちに彼女を救急病院へと搬送した。