『SLAM DUNK』山王のモデル、秋田・能代工の黄金時代、田臥・菊地・若月を中心とした《9冠》の裏側~『9冠無敗』【サンキュータツオが読む】
今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『9冠無敗』(田口元義 著/集英社 )。評者は学者芸人のサンキュータツオさんです。 * * * * * * * ◆その伝説はいまも破られていない 『SLAM DUNK』で常勝軍団として描かれた山王工業高校のモデル、秋田・能代工業高校(現・能代科学技術高校)バスケットボール部。ビッグタイトルである高校総体(インターハイ)、国体、全国高校選抜(ウインターカップ)を50回制覇した能代工でも、3年連続3冠、つまり一度も負けなかった3年間というのは、96年から98年にかけての一度だけであった。そしてこの高校9冠は、他の競技を見ても、達成できたのは歴史上、この時の能代工のみだ。 その中心には、のちに日本人初のNBA選手となった田臥勇太(現・宇都宮ブレックス所属)がいた。身長170cm強の選手はバスケットボールの世界では小柄だ。当時は身長の高さがものを言う時代。そのような選手がNBAにまで登りつめたのは、ただ圧倒的才能というほかない。 田臥は中学時代から全国的に名を知られていた。しかし常勝チームである能代工には全国からエース級の選手たちが集結し、鎬を削る。そんな高校に入って、1年生からスタメンで起用されるというのは、上級生をも納得させるだけの力がないとありえない。でも、そんな「ありえない」ことを起こす選手がいたから、空前絶後の9冠は成った。 田臥、菊地、若月という1年生が入学して以降の3年間を中心に、本人たちだけでなく、加藤三彦監督、選手、マネージャー、対戦相手への取材を通して、9冠の裏側でなにが起こっていたのかを描く。プライドも葛藤もある若い選手たちをどう束ねていたかもよくわかる。そして25年後の彼らの姿も追った。 観客で溢れかえったあの狂騒から25年。バスケ界は、Bリーグ発足、ふたりのNBA選手の誕生、ワールドカップでの勝利とオリンピック出場権獲得……と前進を続ける。その根底に、王者が築き上げた金字塔があったことを本書で知ってほしい。
サンキュータツオ
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