ファクシミリは命令形の言葉だった…話題の新書「世界はラテン語でできている」が売れる理由
爆発的人気の1冊
1月半ば、ある新書が、書店の店頭から一斉に消えた。『世界はラテン語でできている』(SB新書)。著者は〈ラテン語さん〉である。 【写真を見る】アメリカ沿岸警備隊の軍章にもラテン語が…
私は音楽ライターをやっているのだが、曲目解説を書いていると、しばしば曲名や内容にラテン語関連のものがある。そこで、もしや参考になるのではと、さっそく近くの書店に行ったのだが、品切れ。その時はAmazonも品切れで、3店ほどまわって、ようやく購入できた次第であった。 担当編集者によると、現在5刷で4万8500部。電子書籍も入れると5万部を突破しているそうだ。 内容は、書名から察せられるように、わたしたちの周囲にあるラテン語由来の名称についての解説である。知人の編集者は、こんな感想を述べていた。 「私もさっそく読みましたが、ちょっと驚きました。てっきり、ラテン語にまつわる学術的な解説からはじまるのかと思いきや、その類の文章はほぼ皆無。ただひたすら、いかにわたしたちの周囲にラテン語があふれているかの、“こぼれ話”的な読み物が、えんえんとつづくのです。よい意味での“脱力感”まで漂っており、肩がこらずに目からウロコが落ちつづける本でした」 そもそも「ラテン語」とは、何なのだろうか。「古代ローマの言語」「英語のもとになった言語」「すごく難しいらしい」――そんなイメージをもつ方がほとんどだろう。肩がこらない本とはいえ、ラテン語とはなにかがちゃんと本書冒頭で説明されている。 〈ラテン語はイタリア半島中西部の、一都市の言語として産声を上げた言語です。それが古代ローマの勢力拡大に伴って適用する地域を広げていき(略)、ルネサンス時代にはイングランドに住む文人たちがラテン語の多くの単語を英語に適用し、その結果ラテン語は英語の語彙にも影響を及ぼしています。〉 さっそく著者にお会いしてみた。
著者が語るラテン語の魅力
「わたしがラテン語に興味をもつようになったきっかけは、主に3つあります」と語る〈ラテン語さん〉は31歳。いかにも学究肌といった感じの知的青年である。 「まず一つ目。わたしは、東京ディズニーリゾートが大好きなのですが、ホテルミラコスタのロビーに、大きなイタリアの地図がかかっているのです。その隅に、見慣れない言語で、かなり長い解説文が書かれています。これがラテン語で、ぜひ、読み解きたいと思いました」 次は、高校生のときの体験。 「英語の先生が、教室の黒板に書いていた“標語”です。《SEMPER PARATUS》。意味は『常に準備ができている』で、実はこれは、英語圏で有名なラテン語だったのです。アメリカ沿岸警備隊のモットーとしても知られています」 そういえば……スーザの有名な行進曲《忠誠》の原題が《SEMPER FIDELIS》で、意味は「常に忠実であれ」。こちらはアメリカ海兵隊のモットー。そうか、これもラテン語だったのですね。 「そして、わたし自身、英語の語源を調べるのが好きだったことがあります。本書にも書きましたが、たとえば英語の《push》(押す)の語源は、ラテン語の《pulso》で、意味は『たたく』。最近よく使われる《ubiquitous》(ユビキタス)の語源はラテン語の《ubique》(どこでも)。そのほか、午前/午後の《AM/PM》や、《etc.》も、もとはラテン語です。このように、わたしたちの身近には、意外とラテン語があふれているのです」 そんな“ラティニスト”の〈ラテン語さん〉は、東京外国語大学の外国語学部で英語を専攻した。 「東京外国語大学には27の専攻言語があるのですが、残念ながらラテン語学科はありません。そこで、もともと英文学が好きだったので、英語専攻に進みました。」 だが、いかんせん“ラテン語愛”はやみがたく、ラテン語を追究しつづけ、2016年からTwitter(現:X)でラテン語についての投稿をはじめるようになった。 「しかしTwitterでは、140字の字数制限があり、限界を感じていました。いつか、もっと長文でラテン語の面白さを掘り下げたいと思っていました」 その投稿が、SBクリエイティブの編集者の目にとまり、新書としてまとめられた。