交差点より予測しづらい施設への左折。|長山先生の「危険予知」よもやま話 第24回
「脇見」に注意すれば、追突事故は半減?
長山先生:おっしゃるとおり、交通事故を事故類型別にみると「追突」が19万5,105件ともっとも多くなっています。2位は「出会い頭」で12万245件、3位は「右折時衝突」で4万2,216件となっています(2015年データ)。前車に追従して走る場合にもっとも注意しなければならないのが「追突」で、道路が交差する場所での注意ポイントは交差道路からの車両(自転車も含む)との「出会い頭衝突」なのです。 編集部:追突事故の原因は、やはり「車間距離」になるのでしょうか? 長山先生:いいえ、「車間距離」も原因の1つですが、追突事故19万5,105件中、圧倒的に多いのは「脇見」で10万7,890件、次に「動静不注視」が4万6,306件と続きます(2015年データ)。追突事故を起こさないために注意しなければならないのは「脇見」なのです。 編集部:脇見に注意すれば、追突事故は半減できる計算ですね。そういえば、「脇見」は長山先生の研究テーマで、「脇見運転」に対しても長山先生ならではの心理学的な解釈がありましたね。 長山先生:そうです。脇見運転を辞書で見ると「他のことに気を取られた状態で車両などを運転すること。とくに前方から視線を外して車を運転すること」と書かれていますが、私は脇見とは「見るべき方向以外に目をやること」を意味し、 「今の運転に最も必要な対象・事象・状況以外のことに目をやること」が脇見運転だと考えています。 編集部:長山先生の解釈は安全に運転するためのポイントを踏まえた、より具体的なものですね。 長山先生:脇見は現象としては目線を外すことではありますが、心理学の立場で脇見の事故を分析すると、目線の背後には意識の問題があります。運転以外のことに意識・心が向き、「気がとられて」目線がそちらに向くことなのです。典型的な脇見の一例を挙げてみましょう。
「じーっ」と見ず、「ちらっ」と見る!
【事例 対向車への脇見による事故】 当事者:40代男性/車両:普通貨物(a)/時間:9時40分/天候:曇り 交差点の少し手前でホーンを鳴らした対向車(c)があり、こちらに手を振っていたので誰かと見ると、知り合いだったのでこちらも手をあげて挨拶をした。目を戻すと、そのまま進むと思っていた前の車(b)が交差点手前で止まっているのに気がつき、慌ててブレーキを踏んだが間に合わず追突してしまった。 『JAF Mate』誌 2017年1月号掲載の「危険予知」を元にした「よもやま話」です 長山先生:前から来た車がホーンを鳴らして、相手の運転者がこちらに手を振っていたら、「自分に手を振っているのかな?」とか「誰かな?」と思うはずです。そして相手が分ったら、こちらも手を振って合図を交わしてから目線を前に向け直すでしょう。 編集部:そんな状況に遭遇したら、私も同じようにすると思います。 長山先生:しかし、相手の合図に誰かなと思い脇見している間に前を見ないで走る時間は少なくとも2秒、あるいは3秒程度はかかってしまうでしょう。この状況を想定して、目を相手に向けて戻すまで、何秒かかるかを実際に計ってみてください。 編集部:たしかに、2、3秒はかかりそうですね。 長山先生:2、3秒と聞くと、あっという間と思われるかもしれませんが、時速40kmでは1秒で11m進むので、2秒では22m、3秒では33mも走ってしまいます。車間距離を取っていても、「じーっ」と2、3秒も脇見してしまうと、その間に状態が急変している可能性があり、それによって追突が起こってしまうのです。 編集部:22mや33mと聞いてもピンと来ませんが、短い距離ではないですね。 長山先生:小学校のプールがふつう25mなので、プールの端から端まで前を見ないで走ってしまうことになります。 編集部:小学校のプールを想像したら、脇見の怖さが実感できます。でも、相手からクラクションを鳴らされたら、つい脇見をしてしまいます。 長山先生:「じーっ」と脇見をするということは恐ろしいことと認識して、「ちらっ」と見るようにします。バスやタクシーの運転手さんは、向こうからやってくる仲間に対してお互いに合図を交わしていますが、「ちらっ」と見るだけで、それは脇見とは言えないものです。私たちも何か見たいものがあっても、「ちらっ」と見るだけで「じーっ」と見ることはしない習慣を付けておかなければなりません。私もそのように心がけて実行していますが、「じーっ」と見てしまいがちなケースにはどんな対象があるか考えておくことも大切です。 編集部:どんなときに脇見をしがちなのか、敵を知っておく必要があるのですね。 長山先生:そのとおりです。『JAF Mate』での危険予知訓練では、外部の対象への危険予知が主なものになりますが、自分がやってしまいかねない脇見の「危険行為の危険予知」ということも自動車の安全運転には欠かすことができない必要条件なのです。 編集部:「危険行為の危険予知」ですか? 危険な脇見につながる行動をあらかじめ予測しておく必要があるということでしょうか? 長山先生:そうです。私は現実の事故事例を分析していて「意識の脇見」という概念を用いましたが、それは「車外への脇見」と「車内への脇見」に分類できます。さらにサブ概念としまして「車外への脇見」は「興味・関心への脇見」と「目的地探索の脇見」に分類でき、「車内への脇見」は「物への脇見」と「人への脇見」に分類できるのです。表をご覧ください。 【車外への「脇見」】 ◆興味・関心対象への脇見 ・犬好きな運転者が歩道上を人につれられて歩いている珍しい犬を見ていて ・野球好きで草野球を見ていて ・川原のゴルフ場を見ながら走っていて ・自分の子どもと同年代の子どもが可愛らしい服を着ているのでそれに気をとられて ・事故現場を通ってそれを見ていて ・右手の工事現場に気をとられて ・同業の会館に目をやっていて ・歩道の若い女性を見ていて ・友人に似た歩行者とすれ違ったのでそれが気になって ・目をひく看板を見ていて ・雨が降るかなと思い真っ暗になってきた空を見ていて ・山の上からのきれいな風景に見とれながら運転していて ◆目的地探索の脇見 ・ガソリンを早く入れなければとガソリンスタンドを探しながら走っていて ・行きつけの薬屋が休みだったので、薬屋がないかと探しながら走っていて ・道に迷ってどの道を曲がればよいかを探していて ・左方の駐車場の入り口はどこかと探していて ・車を止める脇道を探していて ・不慣れな土地で案内標識を見ていて 【車内への「脇見」】 ◆物への脇見 ・タバコを窓を少し開けて捨てようとしたが、雨のためタバコが窓ガラスにへばりつき、それを落とそうとしていて ・タバコの火を消すために灰皿の方を見ていて ・タバコに火を付けていて ・タバコが足元に落ちたのでそれに気をとられて ・カーラジオの選局スイッチに気をとられて ・助手席においた荷物が床に落ちたのでそれに気をとられて ・助手席に立てかけた傘が倒れてきてそれを直していて ・こぼれたジュースに気をとられて ・雑誌に目を向けながら運転していて ・配達伝票を見ながら走っていて ◆人への脇見 ・助手席の妻が眠りこけ、抱っこしている赤ん坊の手がねじれているのでそれを直していて ・助手席の同僚の方を見ながら運転していて ・助手席の同僚との雑談に夢中で同僚の方を見ていて ・助手席で眠っている友人を起こしていて ・子どもたちが喧嘩するのでそれに気をとられて ・後部座席から前に移ろうとする子どもに注意していて ・同乗の子どもが「ママ、これ見て」と小物を差し出したのでそれを見ていて ・助手席の妻に、あれが自分の親戚の家だと教えていて 編集部:脇見というと、対象は外のことと思いがちですが、意外と車内への脇見も多いのですね。 長山先生:そうです。車内の出来事に「気を取られて」事故の原因になることが少なくないのです。人間というものは、車外でも車内でも、自分が興味や関心を持っているものを見に行ってしまうものです。車内では、「処理や対応を必要とすること」に「意識の脇見」が起こってしまうものです。 編集部:では、脇見をしないためには、どうしたらいいのでしょうか? 長山先生:脇見運転を防ぐための方策としてもっとも大切なことは、自分はどのようなことに関心・興味を持って見たくなるかを充分認識しておくことです。脇見は職業などと関係しています。自動車ディーラーの運転者が競争相手の販売店のウインドーの飾りに目を取られていて追突してしまった事例や、葬儀社の職員が他社の前に示されていた葬儀者名に気を取られて追突した事例などがあります。 編集部:なるほど、そんな事例があるのですね。スーパーカー世代の私などは、スポーツカーが走っていると、つい凝視してしまいます。それも脇見ですね。 長山先生:自分の傾向を知っておくことと同時に、運転しているときに「脇見をしたがっている自分」に気づいて、「脇見をしてはいけない」と自分の心をコントロールすることが重要なのです。
話・長山泰久(大阪大学名誉教授)