ろうの役をろう者が演じ、手話演出、コーダ監修を実現「ぼくが生きてる、ふたつの世界」が写すリアリティ
忍足亜希子さんの「声を出した」芝居
今作が持つリアリティはこうした体制づくりに加え、呉監督の演出姿勢も大きく影響している。呉監督はオーディション時にろう者の俳優の芝居を観て、あることに気が付いたという。 「皆さん、日常の所作と芝居を切り分けていらっしゃるのか、雑談の時とは違う感じで話されるのが不思議だったんです。すごくきちっと伝えようとされるんですね。芝居はそういうものだと思って割り切ってらっしゃるのかもしれません。ある意味、舞台の芝居っぽかったんですよね。 でも私は、雑談してる時の、生きた手話の芝居が欲しかったんです。思えば、聴者のオーディションでも私は同じようにやっているので、結局一緒なんだなと思いました」(呉監督) 現場においても、その芝居の方針は徹底された。呉監督が現場で一番言った言葉は「もっと適当にやってください」というものだったという。 「現場のリハーサルでも、みなさんきちっとやってくれるんですが、『大丈夫、もっと適当でいいです』とずっと言い続けていました。それ以外の言葉が思いつかず(笑)。忍足さんに対してもずっと『サラっとやりましょう』って言っていましたね」(呉監督) そうした演出の結果、忍足さんのご家族から、ある嬉しい感想をもらったという。 「完成披露試写会後の忍足さんご家族の第一声が、『うちの奥さん、(映画の中で)声出てたんです』でした。お子さんも『いつものお母さんだった』と言ってくれて。忍足さんが今まで出てきた映画やドラマでは、声を出していなかったんですね」(呉監督) ろう者の声をフィクションの作品できくことは確かに少ない。それはろう者は声を出さないという、ある種の決めつけが製作者や観客にあったということだろう。だが、実際には声を出すろう者もいる。 「忍足さんは今までこんなにしっかりマイクを付けて演じたことがないとおっしゃっていて、びっくりしました。お父さん役の今井さんも笑う時に声を出されるんですよね」(呉監督) 五十嵐さんもこれは重要なことだという。 「試写で初めて見たとき、忍足さんの声が出ていて、本当にコーダを育てている親だなって非常に感動しました。僕の両親も、僕に話しかけるときは手話を使いながら声も出すんです。それはきっと、耳がきこえてしまうコーダである息子に対する、親としての愛情だったのではないか、と思っています。 だから、これまでのドラマなどで描かれるろう者が徹底して声を出さないことに、ずっと違和感があったんです。ろう者も声を出して笑うし、静かに手話だけする人ばかりではないのにな、と」(五十嵐) ろう者が声を出せないという誤解が広まっているとすれば、ドラマや映画で声を出さない存在として描いてきたことにもその責任があるかもしれない。 また、呉監督は世代を反映する描写も意識した。 「歴史的に大事なのは、忍足さんや今井さんの演じた世代はろう学校でも手話を禁止されていて、口話を教えられていた世代なので、声を出し慣れているのもあります。逆に、今の若い人は手話が言語と認められた世代なので、声を出さずに手話だけの人も多いと聞きました」(呉監督) 映画は、そうしたろう者の受けた教育の歴史も細やかに反映している。