’88年には大イメチェン…菊池桃子「芸能生活40周年」で振り返る「アイドル時代画像集」
菊池桃子(56)がデビュー40周年を迎えた。 4月17日には、完全セルフプロデュースEP『Eternal Harmony』をリリース。収録3曲全て新曲で、「Starry Sky」は、菊池が作詞作曲を手掛けている。 【かわいい...】人気絶頂!アイドル時代の菊池桃子の爽やかスマイル 「1983年の15歳のとき、映画『パンツの穴』のオーディションに合格して、翌’84年に芸能界デビューしました。同映画はタイトルだけでなく、刺激的な内容でした。翌年に公開されると、菊池のほんわかとした雰囲気とのギャップがウケて大ヒット。同年に、歌手デビューも果たし、3枚のシングルをヒットさせ、ブロマイド年間売り上げ1位。“ポスト松田聖子”として、映画やCMにも出演するなど、一気にトップアイドルに上り詰めました。 1988年に突如、ロックバンド『ラ・ムー』結成を発表。過激な歌詞やド派手な肩パッド衣装を披露するなど、清純派だったアイドル歌手時代とは全く違う活動にファンは困惑しました。1年半後にバンドは解散しましたが、その後は人気俳優として活躍。1990年から放送が始まった日本ビクターのビデオカメラCMで『その目、ちょっとエッチ!』のセリフが話題になり、大人の魅力的な女性として人気を博すようになりました」(テレビ誌ライター) ◆20歳直前の「180度」イメチェンの“なぜ?” 『FRIDAY』は、1985年、アイドル歌手として大人気を誇った菊池に注目。他には、『ラ・ムー』のボーカルとして奇抜なステージ衣装で熱唱する姿や、1回700円の握手会での大混乱ぶり、前夫の2年ぶりとなるツアー優勝直後の直撃取材……。秘蔵写真で、スーパーアイドル時代の菊池の姿をご紹介したい。 「4年前にデビューした時は、どんな歌番組に出演しても最年少だったのに、近頃は自分が最年長の時もある。アレ、私はここにいてもいいのかなと、違和感を感じちゃった」 人気絶頂のアイドルから、20歳直前に突如、7人組ロックバンド『ラ・ムー』のボーカルに転身した菊池は、「赤坂プリンスホテル」で行われた単独会見で、そのように理由を語っていた。そして、1988年の3月9日、「横浜ベイサイドクラブ」で初の「ライブハウス」でのライブを開催。 菊池は鮮やかなブルーの大きな肩パッド入りのジャケットに、銀色のタイツと超ミニというファッション。清楚なフレアスカートだったアイドル時代とは別人のような変貌を遂げたのだった。 「アイドルソングとは違い、ブラックミュージックの独特のノリで、ステージ上では激しいダンスやスイングしながら歌い、慣れないシャウトも披露するなど、超ノリノリでした」(当時の観客) しかし、『ラ・ムー』はわずか1年半で解散。その後、菊池は俳優業に専念した。菊池は、『スポーツ報知』(5月5日配信)のインタビューで当時のことを、 「もう一段階、上のレベルを目指せるんだという前向きな挑戦でうれしかったですね」 「『アイドル』という見え方を好む方は嫌だったかもしれないけど、創作意欲が強くなったし、私自身ポジティブな時間でした」 と語っている。’12年から母校である戸板女子短期大学の客員教授に就任し、キャリア教育の講義を担当。その他にも、文部科学省の初等中等教育教育局の視学委員に就任するなど、教育活動にも力を入れてきたが、この1年は音楽活動に専念する予定だという。 ミュージシャン菊池桃子のこれからの活躍が楽しみだ。
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