映画「オッペンハイマー」の理解しやすい観賞法 ノーラン監督の「時間」を操る巧みな演出とは
彼の人生を変えることになる「核開発」が始まる
1942年、オッペンハイマーは「マンハッタン計画」の最高責任者レズリー・グローヴス(マット・デイモン)からプロジェクトへの参加を打診される。ナチスドイツの原子爆弾開発が時間の問題とされていたために快諾し、ニューメキシコ州のロスアラモスに研究所を建設。全米から科学者を招集して核開発の先頭に立つことになる。 1945年の7月に行われた「トリニティ実験」で原子爆弾の開発に成功。その直後の8月、米軍は広島と長崎に投下した。その惨状を聞いたオッペンハイマーは、核兵器使用の是非について苦悩の色を濃くするのだった。 ここまでが原子爆弾開発までのオッペンハイマーの前半生だが、この作品の白眉は、その後「戦争終結の立役者」と称賛された彼が、次第に核開発競争に対して懸念を示し、最終的には原子力委員会委員長のルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)との対立に巻き込まれていくところにある。 クリストファー・ノーラン監督は、オッペンハイマーという天才物理学者の複雑な内面を、物語の時系列をバラして、「時間」を巧みに操る演出で、見応えある重厚なドラマへと昇華させている。 ■「魂と経験のなかに観客を導く」 ノーラン監督の「時間」を巧みに操る演出は、出世作である「メメント」(2000年)からすでに顕著であり、同作は時系列を遡るという斬新な物語展開で高い評価を得た。 また評価の高い「ダンケルク」では長さの異なる3つの時間を並行して描くことで、戦場の臨場感を見事に描いてみせた。さらに前作「TENET テネット」(2020年)は、時間の逆行そのものを物語の中心に置いた野心作だった。 映画「オッペンハイマー」もそれらの例に漏れず、伝記作品とはなってはいるが、その描き方はいかにもノーラン流だ。作品では、2つの「現在」を設定して、そこから「過去」へと遡りながら、この天才物理学者の葛藤に至るまでの軌跡を緻密に表現している。 「現在」の設定は1954年と1959年で、これは作品の冒頭から登場する。前者は国家反逆罪の疑いをかけられたオッペンハイマーが聴聞会にかけられている場面。後者ではオッペンハイマーと敵対するストローズが商務長官に任命される際の公聴会の模様が描かれる。 オッペンハイマーの部分はカラー、ストローズの場面はモノクロで撮られているので、2つの「現在」とそれぞれの過去に遡った場面は、認識しやすくもなっている。 事前にこの構造を承知していれば、多少はこのノーラン監督流の複雑な作品も理解しやすくなるかもしれない。今後ストリーミングサービスで配信されたら、これらの場面を行きつ戻りつしながら、じっくり観たい作品でもある。 アカデミー賞では、主人公のオッペンハイマーを演じたキリアン・マーフィーが主演男優賞、原子力委員会委員長のストローズ役のロバート・ダウニー・Jr.が助演男優賞に輝いているが、作品の後半ではまさにこの2人の対立が軸となっていく。