サッカー代理人は必要? 鎌田去就でも注目…プレミアを例に見る存在の価値&影響力【現地発コラム】
良き代理人に求められる条件
選手にとっての良き代理人とは、自らのビジネス以前に選手のキャリアを第一に考え、最善の答えを導き出すべく、手を取り合って合法的にベストを尽くし続けられる人物であるように思える。その「選手キャリア」には、交渉時点だけではなく、先を見越しての「キャリアパス」も含まれる。 つまり、ともすると選手の市場価値として高ければ良いと思われがちな移籍金額を、あえて抑えるリスク管理も時には必要とされる。交渉相手のクラブからの次なる移籍を考えた場合、売り手が少なくとも元を取ろうとする購入額の高さが、さらなるステップアップを困難とする危険があるためだ。 契約解除条項の挿入も同様。契約期間中に選手を引き抜かれる可能性を生むのだから、クラブ側には歓迎されない。だが選手にとっては、キャリアのなかで逃せないタイミングでの移籍を実現する可能性を高める条項となる。
腕のいい代理人=キャリアにおける“スーパー”な味方
このような観点から、代理人の腕前を疑問視された選手の例としてハリー・ケインがいる。イングランドのメディアでは、母国代表の代理人が縁は深くともビッグクラブ相手の交渉経験に乏しい実兄ではなく、名うての人物であれば、タイトル獲得を切望し2021年に求めたトッテナムからシティへの移籍は実現していたとの見方が強い。 「プレーヤー・パワー」という言葉が使われるようになって久しいが、書面上の契約期間などあってないようなものだと思ったら大間違い。所属クラブの経営者が、強気の交渉姿勢で知られるダニエル・レビー会長のようなビジネスマンであり、クラブを出たがっている選手が、当時のケインのように契約期間3年を残す28歳の主砲となれば尚更のことだ。ケインがすがろうとした、会長との紳士協定など入り込む余地はない。 1億6000万ポンド(約320億円)の値札が障害となったまま、シティ入りが叶わなかった背景には、前代理人時代の2018年6月に結んだトッテナムとの最終契約もある。締結当時は、クラブで壁を破ったと言える週給にして20万ポンド(約4000万円)台の年俸と、6年間の長期契約を「勝ち取った」と見る向きもあった。互いに信頼の厚かった監督のマウリシオ・ポチェッティーノが、5年の新契約を結んだばかりでもあった。 だが結果的には、解除条項も含まれてはいなかった長期契約が、その翌年に指揮官が任を解かれる運命にあったトッテナムにケインを縛る格好となった。引き換えに得た高年俸にしても、21年にシティに移籍していればチーム7番手でしかなかった規模。続く2シーズン、ケインはトッテナムで計74得点に直接絡みながらも優勝を経験できないまま、シティがCL優勝を含む主要タイトル計4冠を獲得する様子を眺めざるを得なかった。挙げ句の果てには、契約最終年に突入した昨夏、移籍金8640万ポンド(約170億円)で加入したバイエルン・ミュンヘンでも、まさかの無冠で1シーズン目を終えるという残酷さだった。 イングランドサッカー界を見る限り、有能な代理人を必要としない選手など、提示された条件に文句を言わず、1つのクラブでキャリアを終える覚悟の持ち主にほかならないと思われる。自ら新天地を求めなければならない立場にある選手はもとより、複数クラブから引く手数多の選手も、先行きが不透明な状況下で“仕事”に集中するには移籍の専門家による手助けを必要とする。 誰しもが、いわゆる「スーパーエージェント」を必要とするわけではない。しかし、良識あるピッチ外のハードワーカーと手を組むことができた選手は、キャリアにおける“スーパー”な味方を得たようなものだ。クラブからは、大事な主力や移籍金収入の一部を持っていく「敵」のように扱われることもある。しかし、クラブから選手のリクルートを委託されることもあるのが代理人の現実。筆者が知る1人も、今春にプレミアのクラブから依頼を受けて、日本にU-17年代のスカウト出張に行っていた。 もちろん、代理人の起用が義務付けられているわけでない。だが現実的には、トップレベルのサッカー界には欠かせない構成要素の1つだと言ってもよい。「代理人は必要なのか?」と訊かれれば、筆者の答えは「イエス」だ。 [著者プロフィール] 山中 忍(やまなか・しのぶ)/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。
山中 忍 / Shinobu Yamanaka