松山市の土砂崩れ「避難指示」解除されるも「本当に安全か」不安ぬぐえず…住民たちは
松山城の城山で発生した土砂崩れからきょうで40日。緑町の一部地域、20世帯33人に出ていた避難指示が21日夕方解除されました。 避難住民を取材すると、以前の生活に戻れることが容易ではない現実も見えてきました。 白石アナ: 「土砂崩れから40日。ようやく避難指示解除の日を迎えました。こちらは一家三人が亡くなった家があった場所です。その隣の建物も現在解体作業が進んでいます」 住民・竹田さん: 「戻れる嬉しさというのはもちろんあるんですけど“戻らざるを得ない”ということですよね。こういう危険な状態のところでもそこ(自宅)しかないですから」 竹田利宣さん(65)。現場の目の前にある竹田さんの自宅兼店舗は、土砂崩れ直後に緊急安全確保が、その後きょうまで避難指示が出されていました。 竹田さん: 「もういろいろな物が雑然と…」 30年以上にわたってこの場所で日本料理店を営んできた竹田さん。土砂崩れ当時は店には誰もおらず、ケガなどはありませんでしたが、土砂は竹田さんの大切な場所を一瞬にして飲み込みました。 竹田さん: 「きょう40日目でしょ。その間ずっとほったらかしですからもうカチカチになってね。泥じゃなくて陶器みたいですよね」 電気もまだ通っておらず、調理場には愛用してきた調理器具が今も、泥にまみれた状態です。 竹田さん: 「もうどうしようかと思いますね、これから。どうしたものか…困りましたね…」 妻と2人暮らしの竹田さんは土砂崩れ以降、避難所、そして市が借りたホテルで避難生活を送っています。 松山市が進めている応急復旧工事の作業が完了し一定の安全性が見込めるとして、今回解除された「避難指示」ですが… 竹田さん: 「ずっと住んでいて安全なのかということですよね。それが一番不安ですね」 市の被災者への対応や“責任の所在”がはっきりしていないことなど、“不安”がぬぐえない状態だといいます。 竹田さん: 「砂一粒、岩一粒、木々一本に対しても松山市の管理するわけで、そういうものが災害によって流れてきて被害を受けたわけですから、もちろんそれは松山市でもって賠償していくというのが私は本筋ではないかと思う」 きょう避難指示は解除されましたが、竹田さんは電気が通るまではホテルでの避難生活を続ける予定だといいます。 竹田さん: 「前を向いていくしかないので。じっとしていてもしょうがないので。ちょっとずつでも前に向いていかないとどうにもならないかなと思っています」