「人間同士の心の”掴みどころのなさ”を語り合ってほしい」原作者・平野啓一郎×主演・池松壮亮《映画『本心』特別対談》
「大事な話があるの……」そう言い残して急逝した母親は、実は自ら死を望む“自由死”を選んでいた。幸せそうに見えた母は、なぜ息子を残して死を選んだのか。いったい、最期に何を伝えたかったのか? どうしても母の本心が知りたい主人公・朔也〈池松壮亮〉は、最新技術を使ったAIで彼女を蘇らせる――。 【ランキング】「スタジオで嫌われているMC」不名誉の1位となった、超人気者の名前 平野啓一郎氏による同題の小説を原作とした、石井裕也監督の映画『本心』が11月8日、公開となる。AIや仮想空間、著しくテクノロジーが発展し続けるデジタル化社会で、時代の変化にさまよう人間の心と本質を描いたヒューマンミステリーだ。 映画の完成後、平野さんと池松さんとの初の対談が実現した。 前編記事『「原作に惚れ込み、映画化を直談判しました」「日本の近未来が描かれている」原作者・平野啓一郎×主演・池松壮亮《映画『本心』特別対談》』に続き、映画化が実現するまでの経緯やみどころについて話を聞いた。
人間の純粋さと誠実さを表現したかった
――平野さんは、池松さんが演じる朔也をどうご覧になりましたか。 平野原作では、人間のピュアさやナイーブさを表現したいと思ったんです。いまは殺伐とした世の中なので、文学の中では人間の純粋な部分を描きたいと思っていました。ただ、そういう主人公ってドラマなどでは「馬鹿だけどいい人」のように描かれる物語が多く、そういう話にはしたくなかった。 朔也は馬鹿ではなく、境遇的に非常に苦労している。彼が一生懸命、自分でものを考え、真面目に生きている姿に、読者が共感してくれたらいいなと思って書いた小説です。僕が思い描いていた人物像に池松さんはぴったりでした。なにか芝居すら超えて、ご本人からにじみ出てくるものがあると感じています。 ――池松さんは、ご自身が惚れ込んだ作品に出演されることが多いのでしょうか。 池松基本的には、自分自身が魅了されていないと、誰かを魅了することはできないと思っています。それくらいの判断の責任は持つべきだと思います。一方で、魅了されればされるほど、自分が演じていいものなのか、演じられるものなのか、考え込むことがあります。 今作と出会って、朔也という人物を演じられるだけの人間性や誠実さが自分のなかにあるのか、日々考えました。役に自分自身のあり方を問われていたように感じます。 そこを乗り越えてこられたのは、朔也という未来の自分、未来の誰かのような人物像に対して、僕自身が懇願するような気持ちがあったからだと思います。きたる未来に、朔也のような人がいてくれたら、まだ人は引き返せるかもしれない、人間性を手放さずに生きていくことができるかもしれない、そのことが大きな救いになるかもしれない。そうした自分自身の願いや祈りを、朔也に託しているような感覚がありました。 ――完成した映画をご覧になり、平野さんはどう感じましたか。 平野何度も鑑賞するたびに印象が変わって行きました。最初はやはり、どうしても原作との違いに注目してしまう。ああ、ここはこうなったのか、など、緊張しながら観ています(笑)。 ですが、二回目、三回目と観ていくなかで、監督の意図も段々とよく分かってきて、いち観客として楽しめるようになりました。原作は複雑な話なんですが、よくぞ二時間の映画にまとめあげたと思いました。また、俳優の表情や雰囲気も、これらはやはり映画ならではだと思う場面が随所にありました。 ヴァーチャル・リアリティと生身の人間が、映像上どういうふうに区別され、表現されるのかが心配でしたが、実際に観てみるとその対比が非常に良かった。池松さんが肉体を酷使してものすごく汗をかいたりしている場面などがあるからこそ、田中裕子さん演じるヴァーチャル・フィギュアの母の存在が現実のような、現実ではないような感じがあり、非常にうまく表現されていました。 また、後半に向かって物語が濃密に収斂していくところが、監督の手腕だなと思いました。