新生ラグビー日本に「ファンタジスタ山沢拓也」という希望 大敗イングランド戦で大歓声浴びる(永田洋光)
22日に国立競技場で行われたラグビーのテストマッチ、リポビタンDチャレンジカップ2024。日本代表指揮官に復帰したエディ・ジョーンズHCの初陣として注目を集めたイングランド代表との1戦は、日本が17対52と大敗した。前任時の2015年W杯イングランド大会で強豪・南アフリカを相手に空前のジャイアントキリングを起こすなど、日本ラグビー躍進の礎を築いた名将の下でジャパンはどうなるのか。ラグビー取材歴30年以上のスポーツライターの永田洋光氏がリポートする。 【写真】フリーアナ生島ヒロシさん「人生はラグビーボールみたいなもの」 国立競技場に殺伐とした空気は流れなかった。日本代表(世界ランク12位)が、イングランド代表(同5位)に17対52と大差で敗れたにもかかわらず、だ。 理由は明白。 イングランドにとっては、ニュージーランド遠征途上の、いわばウォーミングアップ試合。目的は、オールブラックス戦に向けたチームの調整だ。 一方、日本にとっても、二度目の就任となったエディ・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)が、6日から始まった宮崎合宿で本格的指導に取り組んでまだ2週間あまり。目論んだのは、目指す「超速ラグビー」を担う能力を持つメンバー探しと戦術のテストで、世界屈指の強豪は最初の関門として格好の相手だった。 つまり、両チームとも、27年に開催されるW杯オーストラリア大会を見据えた長い準備の、いわば第一段階。ファンも、それを織り込んでいたから殺伐とした空気にならなかったのだ。 負傷者が相次いだことも手伝って、日本のメンバーは大幅に若返った。 昨年9月のW杯フランス大会・イングランド戦(12対34)に出場したメンバーは、控えも含めた23名中、キャプテンのFLリーチ マイケル、LOワーナー・ディアンズ、SH斎藤直人、SO松田力也、CTB長田智希、WTBジョネ・ナイカブラの6名だけ。スクラム最前列のフロントロー3人に至っては、イングランドの先発メンバーが合計207キャップと百戦錬磨のベテランを揃えたのに対して、日本は3人合計で3キャップ。経験値には圧倒的な差があった。 それでも、立ち上がりに3対0とリードした日本が、攻める方向を巧みに変え、背後のスペースにキックを落として“超速”を予感させるアタック仕掛けると、4万4千人を超える観客は、その可能性に反応して大いに沸いた。懸念されたスクラムも、イングランドから反則を誘うなど、若いフロントローが、それなりに健闘した。 しかし、こと勝負に関してイングランドは、したたかだった。 粘り強い防御で日本のアタックをしのぐと、15分過ぎから巨漢揃いのFWが密集戦で圧力をかけて日本に攻撃のリズムを作らせず、前半だけで3対26と勝負を決めた。後半に入っても勢いは衰えず、3トライを追加して得点を45点まで積み上げる。 ■個人で局面を打開できる才能の持ち主がいなければ 日本の反撃が始まったのは、そこからだった。 66分に途中出場のFL山本凱(この試合で初キャップ)が、防御をすり抜けて大きく突破。最後はWTB根塚洸雅がトライに仕上げる。3分後には、松田からのパスをお手玉しながら捕ったディアンズが抜け出して、サポートした途中出場のFB山沢拓也が独走トライを決めた。 象徴的なのは、この日のメンバー紹介で一番大きな喝采を浴びたのが、変幻自在なキックを操り、ランに秀でた山沢だったこと。山沢は、12年前の第一次エディ・ジャパンで高校生ながら代表に呼ばれたものの、ジェイミー・ジョセフ前HCのもとではあまり重用されず、試合前までわずか6キャップにとどまっていた。 ジョセフ前HCの指揮下、ハードワークで磨き抜かれた組織プレーを武器に、世界の背中に迫った日本代表に、もう一枚欠けていたのが、ストラクチャーと呼ばれるチームの約束ごとを超越できる、山沢のような"ファンタジスタ"だったのではないかーーそれが、ファンがこの間ひそかに抱いていた深層心理だったのである。 ジョーンズHCは、「チャンスを作り出すことはできたが、フィニッシュにはまだ課題が残る」と二期目の初戦を振り返ったが、得点シーンの起点は、いずれも個人が苦しい態勢から大きく突破したこと。大量リードのイングランドが少し集中力を欠いていたとはいえ、やはり個人で局面を打開できる才能の持ち主がいなければ、いくら可能性に満ちていても、超速ラグビーの実現は難しい。 そんな当たり前の事実を改めて日本に突きつけたのが、このイングランド戦だった。 (永田洋光/スポーツライター)