Armオートモーティブ事業部長 ディプティ・ヴァチャーニ氏インタビュー Arm製品のラピダス 2nmへの最適化は「顧客が望めば可能」
英Armは、11月8日に東京でArm Tech Symposia 2024を開催し、同社の自動車向け製品の戦略などに関して説明を行なった。 【画像】SOAFEE(ソフィー)の現状 インタビューに応じたArm上級副社長 兼 オートモーティブ事業部門 事業部長 ディプティ・ヴァチャーニ氏は、日本の経済産業省などが進めている最先端製造技術を採用したファウンダリー「ラピダス」への同社製品の最適化に関して「顧客が望めば可能だ」と述べたほか、「モビリティDX戦略」で示された「自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA)」に関しても関係先と話をしていると述べ、いずれも対応に前向きな姿勢を示した。 ■ パナソニックオートモーティブシステムズとの提携はSDV開発を加速するとArm 今回のArm Tech Symposia 2024で、ArmはパナソニックオートモーティブシステムズとのSDV(Software Defined Vehicle:ソフトウエア定義自動車。ソフトウエアと汎用プロセッサの組み合わせで実現される)開発における協業を発表している。 ヴァチャーニ氏は「現在自動車向けのコードは1車だけで、一億行と言われている。それだけのコードを書くのも大変だが、動作検証し、モデルごとに落とし込んでいくことも非常に苦労が多い。SOAFEE(ソフィー)ではそうしたOEMメーカーやティアワン部品メーカーの悩みを解決していきたいと考えており、今回の発表に至った」と述べ、パナソニックオートモーティブシステムズとの協業でSDV開発をより短期間で実現することを加速していきたいと説明した。 また、Armとパナソニック オートモーティブシステムズは、VertIO(バートアイオー)と呼ばれる仮想化技術をArmなどが主導してSDV向けソフトウエアの標準化を行なっているSOAFEEで標準化し、どの自動車メーカーもティアワンの部品メーカーも利用できる体制を作ることで、SDVの開発を加速する取り組みを発表した。 パナソニック オートモーティブシステムズは、日本を代表するIVIやデジタルコクピットを提供する部品メーカーで、SDV時代を見すえて従来のハードウエア主導の開発から、ソフトウエア主導(ソフトウエア・ファースト)の開発へと開発方針を大きく転換しているという。その際に悩ましいのが、ターゲットとなるハードウエアができあがるまで、そのハードウエア上でソフトウエアを走らせることができないことだった。ハードウエアというのは最終的に量産直前にできあがることが多く、ある程度のサンプルは開発途上で入手できるようになるが、それでも開発の後半になってからようやく入手できるというのが一般的なので、それまでソフトウエアの開発は止まったままになる。 そこで、パナソニック オートモーティブシステムズはハードウエアを仮想化して、ソフトウエアによりハードウエアのスペックを決定する。それにより、最終的にはその仮想化されたハードウエアをリアルハードウエアとすりあわせる作業を行なうだけで、実環境にすることが可能になる。また、ハードウエアを仮想化しておくと、複数の異なるハードウエアのサポートが容易になるだけでなく、ポータビリティ(可搬性)と呼ばれる1つのソフトウエアを作るだけで、A車にも、B車にも、C車にも(トヨタならレクサスにも、プリウスにも、ヤリスにも)適用することが容易になる。 ヴァチャーニ氏は「すでにSOAFEEに加盟している企業は140を超えており、デンソーや日立アステモなどの企業から35の採用事例も登場している。今回のパナソニック オートモーティブシステムズとの提携でそうした動きがさらに加速していくことになるだろう」と述べ、SOAFEEの取り組みが今回の提携でさらに前進していくと強調した。 ■ Arm製品のラピダス 2nmへの最適化は「顧客が望むなら可能」 そして、今回のArm Tech Symposia 2024は、日本の経済産業省で半導体振興政策を担当する経済産業省 商務情報政策局長 野原諭氏がゲストスピーカーとして登壇して、経済産業省が支援している最先端プロセスノード(2nm)を利用して半導体を製造するラピダスに関することなど、日本の半導体振興政策についての説明があった。その内容に関しては、すでに経済産業省から発表された内容であり、新しい内容はなかったが、すでにTSMCが熊本に開設した工場(JASM)などにより、九州に大きな経済効果が出ていることなどが説明された。 そうした日本の半導体振興政策の目玉が、最先端プロセスノードを利用してファウンダリービジネスを計画しているラピダスへの支援であることは論をまたないだろう。ロジック半導体と呼ばれるマイコンやマイクロプロセッサ向けの製造技術に関しては、世界では3nmと呼ばれる、よりトランジスターの配線長が短い最先端の技術へと進化しているが、日本ではルネサスエレクトロニクスがマイコンの製造などに利用している40nmが最先端で、事実上製造技術の進化競争から脱落している状況だった。 それを埋める目的で、TSMCが熊本に開設したJASM1では28~12nm、そして今後開設する計画のJASM2では12~6nmへと国内工場の進化がようやく始まったところで、その先のさらに進化した2nmの製造技術を実現するのが、ラピダスが北海道に建設している工場になる。ラピダスはこの2nmの製造技術を米国のIBMと協力して行なう計画で、経済産業省はその支援を行なっており、最終的にその開発資産をラピダスへなんらかの形で移管し、ラピダス自身による事業化や2027年からの量産開始を目指している。 Armは、2025年に投入する計画のArm CSS for Autoのような、CPUやGPU、ISPなどのIPデザインをパッケージにして提供する計画だが、こうしたCSSのようなパッケージ製品では、ファウンダリーの製造技術への最適化が合わせて提供されている。例えば、Arm CSS for Clientsと呼ばれるスマートフォンやPC向けの製品では、現状TSMCとSamsung Electronicsのファウンダリーが提供する製造技術への最適化が提供されている。そうした最適化を提供することで、顧客の半導体メーカーは設計から製造までにかかる時間を短縮してタイムツーマーケットで製品を製造することが可能になる。 仮に、国内の自動車メーカーがTSMCに加えてラピダスの2nmで製造したいと考えている場合、ArmがArm CSS for Autoでラピダスの製造技術への最適化を提供するかどうかは重要なポイントになる。この点に関してヴァチャーニ氏は現時点では具体的な計画などに関して話はできないと断った上で、「弊社の立場は、顧客が望めば、どのファウンダリーの製造技術に対してでも最適化を進めていくというものだ。ラピダスに関しても同様で、顧客がそれを望むのであれば最適化を提供することは可能だ」と述べ、Arm CSS for Autoのようなファウンダリーの製造技術の最適化を含む製品でラピダスの製造技術への最適化は可能であり、顧客がそれを求めれば対応できると説明した。 ■ ASRAに関しても関係各所と話をして、Armアーキテクチャ採用に向けて働きかけ また、経済産業省は自動運転向け最先端半導体を開発する取り組みとなる「自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA)」に関しての支援も行なっており、国内の自動車メーカーが自動運転を実現するような強力な性能を持つカスタム半導体を開発することを支援している。 このASRAとの取り組みに関してヴァチャーニ氏は「ASRAとその参画企業と一般的なお話をさせてはいただいているが、具体的なことはお話しできない」と述べ、ASRAに関して参画企業と話をしていることは否定しないが、具体的な内容に関しては現時点では話せる状況ではないと説明した。 ASRAがどのような半導体になるか現時点では明らかではないが、CPUやGPUといった演算器そのものを国内の自動車メーカーが自社開発するとはなかなか考えにくく、ArmのようなIPデザインを提供する企業からそのIPデザインを購入することは容易に想像できる。その意味で、まだArmに決まったどうかは分からないが、少なくとも水面下で話は進んでいる可能性はあるとは言えるだろう。
Car Watch,笠原一輝