日本製鉄が見誤った産業別労働組合の存在感 USスチール買収に待った
日本にはない産別労組の強い政治力
労組が弱体化している米国南部などとは異なり、USスチールが本社を置く東部ペンシルベニア州はいまだ「労組の牙城」(前嶋氏)だという。「USスチールが喜ぶ話を、USWは嫌がる」(同)という関係性が大統領選挙にも持ち込まれ、マッコール氏らの影響力が強い状況が生まれていた。 労組を巡る構図は米国と日本では異なる。競合他社の利害も絡む業種別の産別労組と個別企業という対立構図も、個社の事案について企業別労組の意向が尊重される日本ではなかなか生まれにくい。また政治的な発言権という観点では産別労組の上部団体に当たる連合の存在感が強く、産別労組が独自の主張を展開することはまれだ。 一方、米国では産別労組が強い。USスチール従業員をはじめ、組合員の中には日鉄による買収に賛同する声も少なくなかったが、こうした声はUSWという組織の中で軽んじられてしまった面もある。今回の件とは対照的に、日本では23年に、そごう・西武の米ファンドへの売却に際して同社の労組がストライキに踏み切ったが、産別労組のUAゼンセンなどが前面に出てくることはなかった。 前嶋氏はこう解説する。「産別労組は大統領選など、様々なところに影響する政治のプレーヤーだ。特に民主党には影響力を持ち、トランプ氏はそこを切り崩そうとした。選挙に重なるタイミングも悪かった」 ●前途多難のUSスチール 今後、日鉄が法的にどのような手を打つのか、それがどのような効果を持つのかは現時点では不透明だ。ただこのままでは、USスチールが単独で再建できるとは考えにくい。同社の24年1~9月期の調整後EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)は前年同期比35%減の11億7600万ドルにとどまる。中国勢の台頭などで世界的に鋼材の需給が緩む一方、設備の老朽化などで稼ぐ力が弱まり、減益傾向が続いている。 トランプ次期大統領は関税引き上げなどの保護主義的な政策でUSスチールを支えるとしているが、USスチールは買収が失敗した場合は製鉄所の閉鎖や本社移転に迫られる可能性も示唆してきた。クリフスによる買収も独占禁止法上の問題が生じる公算が大きく、USスチールの前途は多難だ。日鉄が買収実現に向けて様々な策を繰り出したことにより、皮肉にも米国鉄鋼業界の先行きの厳しさが白日の下にさらされたという側面もある。
松本 萌