「江戸時代の日本人の識字率は世界イチ」という説は「嘘」だった…!882人調査から読み解く、日本の「知性格差」
江戸の庶民は文字が読めた?
まるで人間のような自然な作文をするAIが話題になった2023年、いくつかの新聞が、「読み書き」を巡る目立たないニュースを報じた。それは、国立国語研究所(東京)が、1948年以来実に75年ぶりに、全国的な識字率の調査を試みているというものだ。 【一覧】意外すぎる結果に…「タモリが司会」の好きな番組ランキングはこちら 誰もが読み書きできるはずのこの日本で、どうしてわざわざ識字率などを調べるのか。そう感じる日本人は多いと思われる。記事のひとつで国立国語研究所准教授の野山広が言うように、日本では「読み書きができない人はほぼいないと長く信じられてきた」からだ。 だが、野山も言うように、それは「共同幻想」である。 「日本人なら誰でも読み書きができるはず」という幻想は、極めて根強い。どのくらい根強いかというと、時間を遡り、歴史上の事実をも塗り替えたほどだ。 江戸時代や明治時代の日本人の識字率は高かったとか、大半が読み書きできたとか、大胆なものでは識字率が世界一だったとかいう言説をよく目にする。たとえば「江戸文化歴史研究家」を名乗る作家の瀧島有はこう書いている。 「江戸後期、日本は『江戸の町の人口』の他に、もう一つ、世界トップクラスを誇ったものがあります。それは『庶民』の識字率。全国平均では約60%以上、江戸の町では約70%以上でした。江戸の町の『実際』は、おそらく約80%以上だろうと言われています」 こういった認識は半ば常識になっているが、結論を先に書けば、誤りである、もしくは著しく誇張されていることが研究によって明らかになっている。こういった俗論は主に1970年代以降、ロナルド・ドーアらによる寺子屋教育の過大評価などによって広まったらしいが、実はドーア本人は後にその見解を訂正している(『日本人のリテラシー』リチャード・ルビンジャー、柏書房など)。
「新聞」を読めたのはたったの1.7%
では、当時の日本人の読み書き能力はどのようなものだったのか。 江戸時代末期の日本人の8割以上は農民だったため、「普通の日本人」の識字能力を知るためには、農民についてのデータが欠かせない。だが、多くの研究者も認めるように、江戸時代はもちろん明治時代に入っても、農民の識字率に関する資料は極めて少ない。 しかし、過去の日本人の識字能力に関心がある者の間では有名な、極めて貴重な資料が一つ残されている。それは、1881年(明治14年)に長野県の北安曇郡常盤村(現・大町市)で、15歳以上の「男子」882人を対象に行われた調査である。 村民の読み書き能力を八段階に分けたこの調査によると、自分の名前や村名さえ読み書きできない者が35.4%存在したらしい。彼らには識字能力がないことになるが、では残りの65%の男子が読み書きできたかというと、まったくそうではない。 生活上の必要があっただろう出納帳を書けるものはなんとか14.5%いたが、「普通ノ書簡」および「証書類」を自分で書けるものはわずか4.4%、社会の動きを知るために必要な「公布達」や「新聞論説」を読めるものに至っては、882人中15名、1.7%しかいない(「近代日本のリテラシー研究序説」島村直己など)。 しかも忘れてはならないのは、この調査は女性を対象外としていた点である。明治時代の識字率には地域によりかなりのばらつきがあるが、女性の識字能力が男性よりも大幅に劣っていた点は全国に共通している。したがって、当時の常盤村の住民全体の読み書き能力は、上の数値よりもかなり落ちる可能性が高い。女性を含めると、村で新聞を読めた人間は1%程度しかいなかったのではないだろうか。 『日本人の「2人に1人」は自分の名前さえ書けなかった…!? 明治期時代の日本の「知的格差」驚きの実態』に続く…
佐藤 喬