セイント・ヴィンセントが語る孤高のアーティスト観、不条理だらけの人生を生きる理由
「ハレルヤ」がもたらした大罪
―スリーター・キニーの最新作『Little Rope』にも、死と悲しみが色濃く反映されていましたよね。あちらは「Hell」という曲で始まりますが、『All Born Screaming』の最初の曲は「Hell Is Near」。最後の曲には”モダンガールのパントマイムだった”という歌詞がありますが、スリーター・キニーにも「Modern Girl」という曲がある。この2作の接点を挙げればキリがないけど、狂ってると思われそうだからやめておきます。いずれにせよ、この両作には繋がりがあるように思ったのですが。『The Dark Side Of The Moon』と『The Wizard of Oz(『オズの魔法使』)』のように。 SV:(笑)キャリー(・ブラウンスタイン)はどんな媒体であれ、お気に入りのアーティストの一人。そして、うん、私たちはアーティストとして、常に何らかの形でお互いと会話しているように思う。電話でよく話すし、文字通りよく会話している。あと、アートを通じてもそう。とても素晴らしい関係を築いている。ケイト・ル・ボン(ウィルコ最新作のプロデュースも手掛けた英ウェールズ出身のシンガーソングライター)も同様ね。同じものを捉え、同じような流れのなかを進んでいると思える人。 ―ケイト・ル・ボンも『All Born Screaming』の制作を手伝い、曲を共作したんですよね。 SV:私は彼女に、重要な局面でサポートしてほしいとお願いしたの。 ―それはどういう意味で? SV:私はすごく気分屋で怒りっぽかったんだーー子供がかんしゃくを起こすように。反抗的だった。 ―何に対して怒っていたんですか? SV:音楽に対する怒りと、レコードを制作しているときに頭の中でぐるぐる回っている雑念で自分を見失ってしまうような、ちょっとした自己破壊的な怒り。 そこでケイトが力になってくれた。 私たちには何年もの友情があって、彼女はいつも不思議なほどに落ち着かせてくれる。手を握って、冗談を言ったり、ビールを勧めたり。彼女はこのアルバムの誕生に大きく貢献してくれた。 それに彼女は、言葉で言い表せないほど愉快なマザーファッカーなの。 ―デイヴ・グロールについても同様の評判をよく聞きますが、彼もアルバム中の2曲に貢献していますよね。 SV:その通り。私たちはバディ(仲間)だから。 ―ロサンゼルスで暮らしていると「スター」の友達がたくさんできる、ということですか? SV:(笑)「ミュージシャン」の友達ね。私たちはみんな同じバトルを戦っている。デイヴとは、2014年にロックの殿堂でニルヴァーナと一緒に演奏して以来、連絡を取り合っているの。 プロデューサーとしては、特定の効果を求めるときに誰を呼ぶべきか把握しているのは大切なこと。新しいアルバムは自分でプロデュースしていて、「Broken Man」の最後でドラムの音を(フルテンを超える)11にしたかったから彼に連絡してみた。 彼以上の適任者はいないから。 ―今作のように個人的なレコードを作るとき、他のミュージシャンはどのくらい重要ですか? SV:彼らを通して自分自身がどういう人間なのか発見するというか。 他の子供たちと遊び場で遊んでいるようなもの。幼い子供のようにね。ちょっと憂さ晴らしをしたときに、自分が何者なのかがわかるんだ。 ―10年前にアルバム『St. Vincent』をリリースしたとき、マイルス・デイヴィスの自伝から「他の誰かのようにではなく、自分らしく演奏できるようになるためには、とても長い時間練習しなければならない」という一文に言及していましたが、『All Born Screaming』で自分らしさに近づくことができたと思いますか? SV:そうね。もっとも、学んで習得できることもあれば、天性というものもあるし、到底身につけられないこともある。だからこそ、私たちはお気に入りのアーティストに魅了されてきたわけで。例えば、エラ・フィッツジェラルドの作品を少し聴けば、それがエラだとすぐわかる。史上最高の歌声の持ち主だもの。マイルスもそう。彼のような音色を鳴らせるのは彼しかいない。私は今でもそれこそが達成しうる最も偉大なことだと思う。アーティストにとって最大の挑戦は、自分の声を見つけること。それがどれだけ良くても悪くても、醜くても美しくてもね。そのプロセスを追い求めることが大事で、願わくば目標に少しでも近づけたらと思っている。 ―つまり、最新作のタイトル曲で歌っているように、自分はもはや「レナード・コーエン『Hallelujah』のカラオケ・バージョン」ではないと? SV:(笑)自分を貶めることはあるけど、あの一節はそのなかでも最悪だと思う。だって、一番やっちゃいけないことなんだから。「Hallelujah」は歴史上でも最高の曲だし、最高の歌詞をもっている。生と死、神、愛、欲望、あらゆる複雑さを完璧に捉えている。それなのに、世間はそれを理解できないまま、『アメリカン・アイドル』で賛美歌みたいに歌ってしまう。本当にクレイジー。音楽における大罪でしかない。 ―コーエンに言及したあの曲も生と死、愛と欲望、そしておそらく神とも向き合っているように思います。 いずれにせよ、あの曲はゴスペルのような幕切れですよね。 SV:むしろ恍惚としたマントラのようね。 そして、その恍惚がクライマックスに達したとき、(物語は)終わりを告げる。 それは私にとって、このレコードが円弧を描く瞬間でもある。 アルバムの前半は地獄と言えるかな。 そして後半で気づくのーー人生はありえないことだらけ。だけど、私たちは生きていてもいいんだって。みんな同じ船に乗っている。そして、一つだけ生きる理由があるとすれば、それは愛だということ。
Rolling Stone Japan 編集部