『放課後カルテ』牧野が篠谷に放った厳しい言葉 森川葵が不器用かつ弱い役どころを好演
親や教師も子どもと同じ、ただの人間。大人になったからといって全知全能になれるわけでもなく、わからないことやできないことにぶつかって、悩みながら生きている。当たり前のことのようだけれど、見過ごしがちだ。子どもも、時に大人でさえも。 【写真】電話をしている篠谷(森川葵) 『放課後カルテ』(日本テレビ系)第6話では、6年2組の担任・篠谷(森川葵)に焦点が当たった。彼女はいわゆる猪突猛進タイプで、その熱意や行動力は素晴らしいことだけど、なかなか実を結ばない。だからこそ、一見やる気のなさそうな牧野(松下洸平)が生徒の心を掴んでいるのが悔しくて、何かと突っかかってしまう。そんな篠谷に対する視聴者の反応はまちまちだったが、なりふり構っていられないほど、必死だったということだろう。 篠谷の良き相談相手になっている芳野(ホラン千秋)は「6年生の担任は特別」だという。小学生の頃はまだ親や教師に守られている部分が多いけれど、中学に入ると少し大人の手を離れて自立への一歩を踏み出す。だからこそ、初めて6年生の担任を任された篠谷は今のうちにできることは何でもやってあげたいという気持ちが強かった。 でも時間は平等で、どんなに頑張っている人にも1日に24時間しか与えられない。児童のための時間を作れば作るほど、当然そのぶん自分のための時間は削られていく。小学校の教師は1人で全教科を受け持つため、ただでさえ授業の準備で忙しい。その上、保護者の対応やイベント行事のアンケート作成など、際限なく仕事を引き受けていた篠谷は家に帰っても残業に追われ、まともに食事も睡眠も摂っていなかった。顔色が悪いことに加え、寝坊も増えて異変に気付いた同僚の促しによって牧野の問診を受けた篠谷は鉄欠乏性貧血になっていることがわかる。食事をした時に舌がピリッとするなど、自覚症状が現れるほどに悪化していた。 それでも、無理に体を動かし続ける篠谷の心を折ったのは偶然教室で見つけた「しのや先生としゃべった人ムシしよーね」というメモだ。児童のためにと思ってやってきたことが伝わらない。むしろそれが逆に児童を不安にさせたり、傷つけてしまっているのかもしれない。1枚のメモをきっかけに児童と向き合うのが怖くなった篠谷は、受け持ちの生徒・凛(中田煌理)がコンビニで思いつめた表情をしているところを見かけたにもかかわらず、声がけを躊躇った。 その後、凛があのコンビニで色付きリップを万引きしたことが判明。ベットに入っても眠りにつけないほど心身ともに追い詰められていた篠谷は倒れてしまう。そうやって支障が出ても「眠りたいんじゃなくて働きたいんです」と自分をないがしろにする篠谷に、牧野が放ったのが「自分はその程度だってこと自覚しろ」という言葉だ。一見厳しく、とくに理想と現実のギャップを埋めるために精一杯頑張ってきた篠谷にはグサッとくる言葉だが、中身はとても大事なことを言っている。 牧野ははっきりした性格で、やりたくないことはやらない、できないことはできないと自分の意志を一旦ちゃんと表明する。それは己の限界をわかっているからで、その限界を超えたことから自分を守るためなのだろう。そしてひいてはそれが、他人にも目を向けることにも繋がる。牧野が観察眼に優れていて他人の異変にすぐ気づけるのは、それだけの余力やゆとりが彼の中にあるということ。誰かの力になりたいなら、まずは自分が心身ともに健康で満たされていなくちゃいけない。 結局、牧野はなんだかんだ言って優しいのだ。篠谷が保健室のベッドから起き上がってくる時にわざわざ遅くまで残っていたことを悟らせないために帰るふりをする細やかな気遣いも印象的だったが、感動したのは同僚たちに頼んで篠谷が溜め込んだ仕事を変わってもらっていたこと。篠谷が職員室に戻る頃には、ほとんどの仕事が片付いていた。仲間がいるのだから、1人ですべてを背負う必要はないのだ。 篠谷は不器用で、久しぶりにご飯の美味しさを思い出しただけで人目をはばからずに泣いてしまうような弱いところもあって、多くの人が想像する完璧な大人像とはかけ離れているかもしれない。でも、そんな篠谷だからこそ寄り添える気持ちがある。しっかりと睡眠を摂って視界が一気に開けた藤谷が向き合うのは凛だ。野外学習でれいか(畠中一花)が中心を担う女の子グループと仲良くなった凛。だが、親が厳しく、流行りの色付きリップを持っていて、休みの日は原宿に遊びに行くれいかたちの話についていけていなかった。 コンビニで色付きリップを万引きしたのも、「しのや先生としゃべった人ムシしよーね」というメモを書いて教壇に置いたのも、本来の彼女の意志ではない。れいかたちと一緒にいたかったから、仲間はずれになるのが怖かったから。篠谷は自分もメモ1つで児童と向き合うのが怖くなる1人の人間だということを伝えた上で、その不安や恐怖に寄り添う。「嬉しいって思うことも意外なところからやってきたりするよ。だから絶対大丈夫」という藤谷の言葉は何の根拠もない。だけど、意外とありのままの自分を誰かが見てくれているものだから。 同僚たちが篠谷を気にかけ、協力してくれたのも、普段から一生懸命頑張っている彼女を見ているからこそ。児童も藤谷が疲れていることに気づき、保健室に設置された目安箱に彼女を気遣う言葉を投書していた。同じように、れいかたちと一緒にいるのにどこか寂しそうな凛のことも、ゆき(増田梨沙)やミカ(前田織音)が気にして声をかけてくれる。そんな身近にいる温かな存在に気づけるように、弱い自分を大事にしてあげたい。そう思わせてくれた。
苫とり子