勘で出演を決めた『戦場のメリークリスマス』に救われた坂本龍一。サウンドトラックは「撮影中にたった一度だけ覗いたファインダーから聞こえたたった一音で…」
『戦メリ』出演の決め手は“勘”
ところで映画の出演依頼を受けた時の坂本龍一は、精神的にはヘヴィになっていた時期だったという。 予想していなかったイエロー・マジック・オーケストラ(以下YMO)の世界的なブレイクがあり、5年間を駆け抜けた後でパブリック・プレッシャーを背負っていたからだ。 そうした時期を抜け出すことができたのは、映画出演がいいきっかけとなった。大島渚監督がYMOの活動にも注目してくれたことが、世界的な規模で製作される映画出演につながったのである。 「それまでも映画の依頼は何本かあったけど、断っていたのね。別に、やってもいいけど、特にやる必要もないと思っていたから。でも、『戦メリ』ではやったほうがいいと思ったんだ。やっぱり勘で、絶対やったほうがいいと」 デヴィット・ボウイが主演する映画ならば、成功するかしないかは別として、世界中にいるボウイのファンが注目する。そして世界の音楽シ-ンに関わる重要な人たちもまた、ボウイの映画ならば必ず観るに違いない。 ボウイと一緒に映画をやれることに即座に反応したのは、自分が生きてきた音楽の世界という共通点があったからだろう。 坂本龍一が演じたのは、満州へ転属となったために、二・二六事件の決起に参加できなかった無念を抱いた過去を持つエリート武官のヨノイ大尉。 ちなみにこの役をめぐっては、当初は高倉健や三浦友和や沢田研二に台本が送られた。そして滝田栄に落ち着きそうになったが、クランクインを待ち続けているうちにNHKの大河ドラマが決まってしまい、映画初出演というYMOの坂本龍一に決まったのだ。 しかし、音楽をやらせてもらうことを条件に俳優に起用された坂本龍一だったが、実はそれまで映画音楽を手掛けたことは一度もなかった。
初めての映画音楽作成、200時間以上もスタジオに籠った
そこでプロデューサーだったジェレミー・トーマスに対して、「右も左も何も知らないので、何か一つだけ参考にしろというんだったら何がいいか」と正直に尋ねたそうだ。 「そしたら『市民ケーン』を参考にしろとジェレミーが言った。かっこいいでしょう? こいつは頭がいいと思ったよ(笑)」 坂本龍一は撮影中に、たった一度だけカメラのファインダーを覗かせてもらった時、音楽が聴こえてきたと言っている。 「メロディーのないたった一音の音だけど、無数の音がひしめき合ってる。そんな感じの音群だった」 初めての映画音楽を前に、200時間以上もスタジオに籠って仕事をし続け、あの有名で感動的なサウンドトラックが作られたのだ。 「映画ができて、試写の時にジェレミーがイギリスから来たのね。ジェレミーはその時初めて聴いただけ。あたまの五分ぐらいか、タイトルの音楽が終わるまで聴いて、すぐ連れ出されて、『ユー・アー・ノット・グッド、‥‥‥バット・グレイト!』と言われた。うれしかった」 坂本龍一はジェレミーと友達になれたことから、その後ベルナルド・ベルトルッチとも出会って、アカデミー賞を受賞することになる映画『ラストエンペラー』に出演して音楽を手掛けることになる。 こうして人と人がつながることで才能と才能が出会い、相手を理解して信頼することによって、時として歴史に残る作品が生まれるのだ。 文/佐藤剛、中野充浩 編集/TAP the POP 参考・引用文献 坂本龍一著「seldom illegal 時には、違法」(角川文庫) 『戦場のメリークリスマス』パンフレット、DVDブックレット (※)大島渚監督葬儀 坂本龍一、弔辞で「戦メリ」出演時の思い出語る(映画.com ニュース/2013年1月22日)