黄泉の国にいるという醜い女鬼・黄泉醜女とはどんな鬼⁉
日本各地には語り継がれるさまざまな鬼がいる。ここでは黄泉の国いると伝えられる女鬼を紹介する。 ■その乱暴さから地獄を連想させる鬼となる 【時代】古代 【出典】『古事記』『日本書紀』 【地域】黄泉国 仏教が日本に伝来したのち、仏教の宗派の中の浄土教(じょうどきょう)と呼ばれる一群の宗派が日本に広まることになった。浄土教は、死後の世界に極楽と地獄があるとしたうえで、阿弥陀仏(あみだぶつ)の導きで極楽に生まれ変わることを願う宗派である。 これによって平安時代後半あたりから恐ろしい地獄の姿が、広く人びとに知られるようになっていった。 このような浄土教以前の日本の死後の世界には、常世国(とこよのくに)と黄泉国(よみのくに)の2つのものがあった。常世国は海のはての神々が住む美しい世界であった。 これに対して『古事記』などに出てくる黄泉国は、不気味なところだと考えられた。そこには雷神(らいじん)という乱暴な神や、黄泉醜女(よもつしこめ)という鬼女がいるとされた。 『古事記』の神話には、国生(くにう)みを行なって日本列島をつくった伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)の夫婦の神の、妻にあたる伊邪那美命が、黄泉国を治めたとある。 夫婦の神は、互いに助けあって日本の島々やそこを守る神々を生んだ。しかし火の神を生んだときに、伊邪那美命は火に焼かれて亡くなったという。 このあと伊邪那岐命は何とかして妻を連れ戻そうと考え、困難な旅を経たのちに黄泉国に辿り着いた。ところが伊邪那美命はすでに黄泉国の住人になっており、彼女の体から大雷(おおいかづち)などの恐ろしい姿をした8柱の雷神が生まれていた。 伊邪那岐命は、妻の心が自分から離れてしまったことを悟った。そのため黙って黄泉国から去ろうとした。ところが伊邪那美命は、夫に雷神を生む自らの恥ずかしい姿を見られたことを怒り、侍女の黄泉醜女らに伊邪那岐命を追わせた。 醜女が来るのを見た伊邪那岐命は、彼女らに山ブドウや筍(たけのこ)を投げ与えて気をそらし、一心不乱に逃げた。すると今年は、元の妻が生んだ8柱の雷神が追ってきた。 伊邪那岐命は黄泉比良坂(よもつひらさか)という黄泉国の出口まで逃げ、そこで雷神にむかって魔除けの桃の実を投げた。 雷神は逃げ散ったが、今度は悪神となった伊邪那美命が追って来た。伊邪那岐命は、巨大な岩で黄泉比良坂の道をふさぎ、岩のむこうにいる伊邪那美命に夫婦の離別を申し渡した。 この神話は、この世とあの世の間に越えられない境があることを説くものだった。そして黄泉国の恐ろしい醜女や雷神の神話を知る日本人は、浄土教の地獄の鬼の話をすんなりと受け入れたのだ。 監修・文 武光誠 歴史人2023年6月号「鬼と呪術の日本史」より
歴史人編集部