ラストスパートなのに「翻訳せずに待て」...急ピッチの「翻訳劇」のウラに隠されていた衝撃の「裏事情」
小説家、漫画家、編集者、出版業界の「仕事の舞台裏」は数あれど、意外と知られていない出版翻訳者の仕事を大公開。『スティーブ・ジョブズ』の世界同時発売を手掛けた超売れっ子は、刊行までわずか4ヵ月という無理ゲーにどうこたえたのか? 『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋』(井口耕二著)から内容を抜粋してお届けする。 【漫画】頑張っても結果が出ない…「仕事のできない残念な人」が陥るNG習慣 『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋』連載第8回 『どうして「あの時に」...一流の翻訳家が大先輩に対して「守秘義務」を優先した「矜持」とその「悲しい結末」』より続く
スピードより重視される機密性
9月1日、上巻分の訳稿を編集さんに手渡しました。そう、手渡しなのです。 訳稿は電子データなのでふつうはメールで送るのですが、『スティーブ・ジョブズ』は米国側の要求で、訳稿のメール送付も禁止なら紙に印刷したものの郵送も禁止、すべて手渡しということになっていたと聞いています。 メールの送り先をまちがえて原稿が流出するのを恐れたのでしょう。幸い、担当編集さんのおひとりは自宅が我が家に比較的近いらしく、私の最寄り駅まで来てくださいました。編集さんが持参されたUSBメモリーに、私が持っていったノートパソコンから訳稿をコピーするわけです。もちろん、ついでに打ち合わせもしておきます。せっかく顔を合わせるのですから、有効活用しなければいけません。 9月に入ればラストスパートです(スタートダッシュとラストスパートしかなかった気もする……)。毎日毎日、3000~4000ワードを訳していきました。翻訳者仲間に言ったら驚かれるペースです。産業翻訳でも毎日2000ワードをコンスタントに訳せれば手が速いほうだと言われますし、書籍はなんだかんだと手がかかり、産業翻訳の半分くらいしかスピードが出ないと言われているのですから。 このままいけば予定より早く終えられそうなのですが、なかなかそうは問屋が卸してくれません。
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