『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』調査報道映画指折りの傑作が描く、#MeTooのトリガー
地道な調査報道を丹念に描く真摯なアプローチ
「SHE SAID」は、2人の著者の真摯さに感銘を受ける名著だが、真摯であるがゆえに映画化に向かない素材に思えた。ハリウッド的な脚色を加えて、勇気ある記者たちが「その名を暴く」ために活躍する英雄物語に仕立てていれば、原作の根幹にあるスピリットは失われ、うすら寒いフィクションになってしまっただろう。 しかし監督のマリア・シュラーダーと脚本のレベッカ・レンキェヴィチは、地味であることを恐れず、絶妙なバランスを見つけ出した。そもそも映画の歴史には調査報道を扱った優れた作品がいくつも生まれている。もっとも有名でジャンルを代表しているのがアラン・J・パクラ監督の『大統領の陰謀』(76)であり、『スポットライト 世紀のスクープ』(15)はアカデミー作品賞を受賞し、スティーヴン・スピルバーグは『大統領の陰謀』と同じ1970年代のワシントン・ポスト編集局を舞台に『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(17)を作っている。 『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』も明らかにその系譜に連なる一本で、奇を衒うことなく、ジャーナリズムの現場を丹念に追いかけている。過去の作品と違っているとすれば、事件を追う記者の性別が女性であり、彼女たちが取材する相手もまた女性たちである点だろう。長い間、声を封じられてきた女性たちが、今こそ自分たちのために声を上げようとしている。その現代性さえあれば、余計な小細工をしなくとも十分に切実でスリリングで、観客を惹きつける映画ができると、シュラーダー監督らは考えたのではないか。
名優サマンサ・モートンの凄みとラストの切れ味
とはいえ息を呑むような映画的な瞬間もある。映画の中盤、ゾーイ・カザン演じるジョディ・カンター記者がロンドンに赴き、ゼルダ・パーキンスという女性と一対一で会う。ゼルダはかつてハーヴェイ・ワインスタインのアシスタントとして働いた経験があり、口封じのための秘密保持契約の存在を告白し、重要な証拠書類をカンターに渡す。契約を破棄するリスクを負ってでも世に訴えようと決めた強固な意思が、緊張が解けることのない彼女の言葉と表情から痛いほど読み取れる。 ゼルダを演じたのは『ギター弾きの恋』(99)『モーヴァン』(02)で知られる名優サマンサ・モートンで、途上するのはこの1シーンのみ。しかし9分間ほぼ一人で語り、カンターに後を託して去っていく。取材に行き詰まっていたジョディたちにとって潮目が変わった瞬間を、その存在感と迫真の演技でみごとに表現しているのだ。 映画では原作を刈り込んで脚色しているわけだが、原作にはなかった要素も付け加えられた。仕事だけでなく子育てにも追われるカンターの日常や、トゥーイーが抱える産後うつの問題といったプライベートな一面だ。 脚本を執筆したレンキェヴィチは、英国映画アカデミーのインタビュー企画で興味深い話をしている。アンナプルナとプランBはカンターとトゥーイーの著作の映画化権利を出版前に取得しており、レンキェヴィチが関わった段階ではまだ執筆中だった。脚本に取り掛かろうにも、参照すべき原作はまだ存在していなかった。章がひとつ書き上がると、その草稿がレンキェヴィチのもとに送られてきたという。 レンキェヴィチはまずカンターとトゥーイーの家を訪ね、彼女たちの生活を見て、話を聞くところから始めた。「SHE SAID」を書くにあたってカンターとトゥーイーが自分たちを前面に出さないように配慮したことはすでに述べたが、映画では取材を進める彼女たちが主人公的存在にならざるを得ない。2人の日常描写は、取材の大変さだけでなく、仕事をする女性たちが直面する困難という、もうひとつのレイヤーを作品に付け加えることに成功している。 脚色の妙でいえば、物語をどこで終わらせるべきか、幕の引き方が実に素晴らしい。ネタバレに配慮してここでは詳細を書かないが、シュラーダー監督とレンキェヴィチは、まさに報道かくあるべしという、絵的には地味でもこの映画を締めるにはこれしかないと思わせる瞬間を完璧に選び取った。その切れ味の鋭さにおいて、過去に調査報道を描いたどんな名作にも勝るとも劣らない最高のラストだと断言したい。