片岡仁左衛門と坂東玉三郎、初共演の『婦系図』ほか、時代物の名作から新作まで 歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」開幕
仁左衛門と玉三郎、ゴールデンコンビの繊細な演技に客席からはすすり泣き
夜の部は、泉鏡花珠玉の名作『婦系図(おんなけいず)』から。これまで5度にわたり早瀬主税を演じてきた片岡仁左衛門と、昭和58(1983)年以来41年ぶりにお蔦を演じる坂東玉三郎が、初めて『婦系図』で共演することで話題の舞台だ。 幕が開くと、そこは露店が立ち並ぶ本郷薬師の縁日。風情ある明治の空気感が漂う舞台に、場内は一気に引き込まれる。坂田礼之進(田口守)の懐から財布を盗んだ掏摸すりの万吉(中村亀鶴)をめぐって騒動が起きるなか、ドイツ語学者の早瀬主税(仁左衛門)は師の酒井俊蔵(坂東彌十郎)と出会う。酒井は主税に用があると言うが、主税は浮かない表情。柳橋芸者のお蔦と人目を忍んで世帯を持っており、酒井に後ろめたさを感じていたのだ。柳橋柏家の奥座敷で主税は酒井に詰問される。芸妓の小芳(中村萬壽)がとりなすのも聞かず、ふたりの事情を知る酒井は主税に「俺を棄てるか、婦おんなを棄てるか」と迫る。凄まじい剣幕で主税を問い詰める酒井の迫力、緊迫したやりとりを観客は固唾を飲んで見守る。意を決し「婦を棄てる」と答えた主税は、月明かりの美しい晩、お蔦(玉三郎)を湯島天神へと誘う。仁左衛門の主税と玉三郎のお蔦が登場すると、満場の客席からは待ってたとばかりに拍手が起こる。久しぶりに主税と連れ立って外に出たお蔦のはしゃぐ姿の一方、別れ話を切り出せず心を闇に包まれた主税を仁左衛門は「非常に辛いお役」と表現。お蔦のいじらしい姿と、身を引き裂かれるように言葉を絞り出す主税のやりとりに、客席からはすすり泣きが響き、ふたりの想いが繊細かつ濃密に描かれた舞台に惜しみない拍手が送られた。半世紀以上にわたり、お客様に愛され続ける仁左衛門と玉三郎のゴールデンコンビ。仁左衛門は筋書で「玉三郎さんとは長年ご一緒して、自然に芝居が合っていくというか、本当に大切な、ありがたい存在です」と述べている。 続いては、『源氏物語 六条御息所の巻(げんじものがたり ろくじょうみやすどころのまき)』。戦後、たびたび歌舞伎化されてきた『源氏物語』から、光源氏とその妻・葵の上、六条御息所の三者の恋愛模様を「六条御息所の巻」として新たに描く。 時は平安の世。紗の几帳が重なり合い、シンプルながら奥行きを感じさせる、幻想的な装置が舞台一面に広がる。光源氏(市川染五郎)との子を身籠る葵の上(中村時蔵)は、謎の病に臥しており、左大臣(坂東彌十郎)と北の方(中村萬壽)は比叡山の座主(中村亀鶴)に修法を行わせる。生霊は実在すると言い、賤しからざる身分の女の気配を感じ取ったと語る僧。暗い舞台に不安が広がり、客席には緊張が走る。場面が変わって六条御息所(坂東玉三郎)の館。光源氏の久方ぶりの来訪を喜び、花見や連れ舞に興じる。しかし、六条御息所の表情はどこか暗く、葵の上やその懐妊を嫉み、詰る。光源氏がなだめるのも聞かず、ついに堪えかねて屋敷を去ると、御息所は悲しみのあまり倒れ伏す。嫉妬のあまり生霊となった御息所は葵の上を襲おうとし……。 美しくもただならぬ雰囲気を漂わせる生霊の登場に、客席は静まり返った。叶わぬ恋の切なさを語り、嫉妬のあまり生霊となって葵の上を祟る六条御息所は「女性の恋心を凝縮したような存在」と語る玉三郎。凄まじい情念と繊細に揺れ動く心情の両面を描き、観客の心を大いに惹きつけた。 「錦秋十月大歌舞伎」は10月26日(土)まで、東京・歌舞伎座で上演中。 <公演情報> 「錦秋十月大歌舞伎」 【昼の部】11:00~ 一、平家女護島 俊寛 二、音菊曽我彩 三、権三と助十 【夜の部】16:30~ 一、婦系図 二、源氏物語 六条御息所の巻 2024年10月2日(水)~26日(土) ※9日(水)、17日(木)休演 ※昼の部:10日(木)、22日(火)、23日(水)、夜の部10日(木)は学校団体来観 会場:東京・歌舞伎座