黒崎博 監督が語る みんなの情熱が注ぎ込まれて生まれた幸せな作品 Netflixシリーズ『さよならのつづき』
皆の情熱が毎日注ぎ込まれ、そこから生まれた幸せな作品
池ノ辺 実際の撮影期間はどのくらいでしたか。 黒崎 7ヵ月くらいです。 池ノ辺 苦しいこともあったでしょうけど、撮影は楽しかったんじゃないかという気がしますが。 黒崎 本当に長い時間を一緒に過ごしましたから、「同じ釜の飯を食う」とはこのことだなと思いました。お互いの気心も知れてくるし、撮影が進むに従って、役を演じていくうちにお互いに変化していく、その変化もお互いに見ている。そこまで理解し合えているという状況でこの撮影ができたのは、すごく幸運な、本当にいい体験だったと思います。 池ノ辺 撮影中のエピソードを聞かせていただけますか。 黒崎 そうですね‥‥回想シーンで、さえ子と雄介がおしゃべりしながらそれぞれ1本のレールの上を歩いていくというシーンがあるんです。小樽には、廃線になった線路を散歩道にしているところがあって、ロケハンの時にそれを見つけてすごく気に入ったので、ぜひ使いたいと。想定では、さえ子が先にレールから落ちそうになって雄介がそれを支えるというイメージで、そこからお芝居を始めたんですけど、有村(架純)さんはメチャクチャ体幹がよくて、全然落ちないんですよ。平気で1本レールの上をずっと歩いていく。結局先に雄介の方が落ちて、まあ、想定とは逆だけど、これはこれでいいかと(笑)。2人のおもしろいバランスが、あのシーンに表れてたような気がします。 池ノ辺 確かに、結果的にはその方がよかったかもしれないですね(笑)。この作品では、映像もすごく印象に残っています。コーヒーの香りが漂ってくるような映像とか、北海道の美しい風景とか。今回は撮影監督が入ったということですが、その辺りは監督の感覚としてはどうでしたか。 黒崎 今回の撮影監督である山田康介は、この作品にとても情熱を注いでくれて、それが毎日伝わってくる。それにはずいぶん励まされました。たとえば、列車の中でふと見上げると木漏れ日が差してくるというシーン、そこで僕は最高の光を捉えたかったんです。そして、それを撮るために撮影監督は、1時間以上ずっと撮っていた。というのも、木漏れ日の画はすでに撮れてはいるんだけれど、でももっといい瞬間が撮れるかもしれない、太陽の位置も変化しているし列車も動いていくからと、撮り続けてくれたんです。そうやって彼が撮っている映像をモニターで見ながら、「ああ、幸せだなあ」と心から思いました。彼はその一つ一つに、ベストの瞬間を時間の許す限り求めていくということを7ヵ月間ずっと、初日からクランクアップするまで続けてくれました。 池ノ辺 それは確かに幸せな時間ですね。今回、監督が描きたいと思っていた愛というテーマがあったわけですよね。撮影が終わって、編集して、今、監督の中で最初に思い描いていたラブストーリーと変わっている部分があるんじゃないかと思うんですが、そのあたりはどうですか。 黒崎 それはそうかもしれないですね。誰かを愛するということがどういうことなのか、雷に撃たれたように瞬間、誰かを好きになるのか、もう少し長い時間をかけて育まれるものなのか、あるいは容姿に惹かれるのか声なのか、いろんな要素があると思うんですけど、そのどれもが今回の話には当てはまってくるような気がしてます。だから逆にいうと、ますますわからなくなってしまっている(笑)。でも、だからこそおもしろいのかもしれません。 池ノ辺 そういう考え方に行きましたか(笑)。では、最後の質問ですが、監督にとって映画とは、ドラマとはなんですか。 黒崎 これはすごい質問ですね(笑)。これは常々思っていることですが、映画は約2時間、今回のドラマはシリーズでもう少し長くて、それでも8時間。いずれにしても、ものすごく短い時間に誰かの人生を切り取ってギュッと凝縮して詰め込んでお見せしているわけです。それってなんて傲慢な作業だろうかと。たとえフィクションだとしても誰かの人生を都合よく切り取って編集して、これはその誰かの人生ですよと見せるわけですから、それですべてが伝わるなんてとてもじゃないけど思っていないし、伝えられるのはほんのごくわずか、ほんの一部だと思います。 でも今回、この作品に撮影で約7ヵ月、その前後、編集なども入れて考えると1年半から2年、最初の企画の立ち上げから考えるともっとかかってる。その期間、毎日毎日この作品に情熱を注ぎ続けたということだけは自信があります。ですから、そのすごい質問に答えるにあたり、「映画は、僕の人生の一部です」と答えることはできます。もちろん、それを観てくれた人たちがどう受け止めてくれるのか、それはまだわかりませんが、紛れもなく、この作品は僕の人生の一部であり、それはスタッフにとってもキャストにとってもそうだと思います。みんな間違いなく、彼らの人生の一部を注いでくれて、それに対して僕は責任を持てると思っています。 池ノ辺 一部かもしれないですが、監督にとっては幸せな時間でしたでしょうし、それを観る側もそうした時間をわずかでも共有できるということですね。
インタビュー / 池ノ辺直子 文・構成 / 佐々木尚絵