北方領土交渉 帰属問題の解決には米国の関与が必要
安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領による日露首脳会談が22日夜(日本時間)、モスクワで行われ、注目されていた北方領土問題について大きな進展は発表されませんでした。日露両国の立場の違いがあらためて浮き彫りになった格好ですが、元外交官で平和外交研究所代表の美根慶樹氏は、この問題の解決には米国にも関与を求めるべきだと提案します。美根氏に寄稿してもらいました。 【地図】ロシアは最初から1島たりとも返すつもりはない 北方領土交渉の経緯からみる
「4島明記」の東京宣言を基礎とすべき
安倍首相は1月22日、モスクワにおいてプーチン大統領と平和条約・領土問題について会談しましたが、交渉を具体的に進展させることはできなかったようです。 今回の交渉は、昨年11月14日の両首脳の合意から始まりましたが、これまでの先人たちの努力を最初から無視して交渉が始められたように思えます。安倍・プーチン両首脳は「平和条約締結後に歯舞群島と色丹島の2島を日本に引き渡すと明記した1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉の進展を図る」としましたが、日ロ両国間の最新かつ最重要の合意は「択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島の帰属に関する問題を歴史的・法的事実に立脚し、両国の間で合意の上作成された諸文書および法と正義の原則を基礎として解決することにより平和条約を早期に締結するよう交渉を継続する」という1993年の「東京宣言」でした。 1956年の共同宣言には歯舞・色丹島しか記載されていませんでしたが、その後、1973年の田中角栄首相とブレジネフ書記長との合意、1991年の海部俊樹首相とゴルバチョフ書記長の合意を経て、1993年の細川護熙首相とエリツィン大統領による東京宣言で「択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島」の、いわゆる北方4島が明記され、しかも、その「帰属に関する問題解決する」ため交渉することになったのです。 これは37年間にわたる日ロ両国の政治家や外交関係者らによる努力のたまものであり、重要な前進でした。1956年以降の交渉は少しも進展しなかったという人がいますが、事実に反します。 にもかかわらず、安倍首相とプーチン大統領の両氏は2島しか記載されていない1956年日ソ共同宣言だけを基礎として交渉を進展させることにしたのです。先人たちが長年にわたって積み重ねてきた合意の一部だけを取り出す恣意的な扱いと言わざるを得ません。 私は今回のモスクワ交渉の結果、事態はさらに悪化したと思います。ロシア側は「両国が合意可能な解決を目指す」と言いますが、「第2次世界大戦の結果、千島列島全島に対する主権を得た」という、日本としては認めることができないことを要求するようになったからです。