大増税と20兆円の資本支出に「ギャンブルだ」の声...英国は「割安の罠」から抜け出せるか?
<機能不全に陥った財政と公共サービスの立て直しに向けて大胆な予算案を発表したイギリスの労働党政権は「ギャンブル」に勝てるか>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]英国の労働党が14年ぶりに政権に返り咲いて118日、800年の歴史上初の女性財務相レイチェル・リーブス氏が下院で秋季財政演説を行った。400億ポンドの大幅増税を発表する一方、今後4年間で年平均850億ポンドを借り入れ、道路・鉄道・インフラに支出する。 【図表】世界の移住したい国人気ランキング、日本は2位、1位は? 「衝撃と畏怖」(英紙タイムズ)のアプローチに10年物英国国債の金利は4.21%から一時4.37%にハネ上がった。2年前、財源の裏付けがない恒久減税をぶち上げて債務危機寸前に陥り、最短命の50日で退陣したリズ・トラス元首相(保守党)の悪夢が頭をよぎる。 予算発表後48時間は市場を注視する警戒態勢が敷かれた。 リーブス氏は機能不全に陥った財政と公共サービスを立て直す重大な使命を担う。今後4年間で年平均590億ポンドを借り入れる計画だったが、前保守党政権が残していった「財政のブラックホール」を埋めるため来年度予算だけでも280億ポンドの追加借り入れが必要になった。 ■資本支出を1000億ポンド増やす 増税は国民保険料の使用者(企業)負担の引き上げで250億ポンド。税務上の本籍地が国外にある英国居住者(ノンドム)の優遇税制廃止や私立学校、エネルギー企業、プライベートエクイティ長者への増税で90億ポンド。相続税増税で20億ポンド。キャピタルゲイン税も増える。 労働党は7月の総選挙のマニフェスト(政権公約)で国民保険料、所得税、付加価値税(VAT)を引き上げないと大見得を切った。しかし国民保険料の使用者負担増は実質賃金を押し下げる上、ビジネス界は「解雇や閉鎖を余儀なくされる企業も出てくる」と批判する。 ウクライナ戦争でロシアの脅威が高まる中、国防に29億ポンド、診療待ち時間を短縮するため国民保健サービス(NHS)に226億ポンド、学校に67億ポンドを追加でつぎ込み、新高速鉄道「HS2」をユーストンまで延長する。 公共サービスを立て直し、成長を促すため財政ルールを緩和して今後5年間で資本支出を1000億ポンド(約20兆円)増やす方針だ。 ■増税と設備投資という二律背反 21歳以上の法定生活賃金(最低賃金のこと)は来年4月から時給11.44ポンドから12.21ポンドに引き上げられる。 「増税と設備投資という二律背反の予算は本質的な矛盾も含んでいる。最終的に投資と成長を促進する責任を負うことになるビジネスリーダーは増税、賃上げ、労働者の権利の見直しという『パーフェクト・ストーム』に直面し、戦々恐々としている」(タイムズ紙) 英シンクタンク「財政研究所」(IFS)のポール・ジョンソン所長は「大幅増税、公共サービスへの資金投入、借り入れと投資の増額といった予想通りの予算となった。リーブス氏はギャンブルとも言える2つの大きな判断をした」という。 税金は国内総生産(GDP)の38.2%に達した。英国では過去最高だ。2年間の公共サービスへの資金投入が機能不全を解消するのに十分で、巨額の支出は長くは続かないというのが第一の賭けだ。 短期的に大金をつぎ込み、将来は緊縮するという約束が守られた試しが果たしてあるのだろうか。2年経っても支出圧力がなくならない場合、再増税を避けて通れなくなる。 ■海外の国が英国に投資する理由は? 公共サービスへの資金投入や公共投資の拡大で、コストを上回る利益を期待していることが第二の賭けだ。「借り入れが増えれば負債が増え、利払いも増える。この世にフリーランチは存在しない。コストに値するかおカネの使い方を確認しなければならない」(ジョンソン所長) リーブス氏は「国家ファンド」を創設、航空部門に10億ポンド、自動車産業に20億ポンド、生命科学イノベーション製造基金に5億2000万ポンドを投資する。財務省のスペンサー・リバモア財政長官は筆者の「海外の国が英国に投資する理由はあるか」という質問にこう答えた。 「国際投資サミットが開催され、640億ポンドの投資が約束された。高度に熟練した労働力、政治的・経済的な安定性という点で投資先として英国は非常に魅力的な国だ。自動車、生命科学、クリエイティブ産業、未来のグリーンテクノロジーを柱に新しい産業戦略を策定した」 「英国は水素や風力発電、原子力を優先している。国際的な投資が行われることを望んでいる」とリバモア財政長官はいう。欧州連合(EU)離脱の「バリュートラップ(割安の罠)」にハマった英国は保守党から労働党に政権が交代し、政治的・経済的安定を取り戻しつつある。 しかし英国を買うかどうかの判断は、リーブス氏のギャンブルが功を奏するかを見極めてからにした方が賢明だ。