遂にトップ5入りを果たした自主製作映画『侍タイムスリッパー』 快進撃はいつまで続く?
10月第3週の動員ランキングは、先週それぞれ1位と2位に初登場した『室井慎次 敗れざる者』と『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』が2週連続で同じ順位をキープした。『室井慎次 敗れざる者』の週末3日間の動員は14万2000人、興収は2億200万円。公開から10日間の累計では動員61万3100人、興収8億5700万円。『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の週末3日間の動員は9万8000人、興収は1億6100万円。公開から10日間の累計では動員45万5000人、興収7億3500万円。いずれも公開前の期待値には届かない数字だが、2週目の下落率がより大きいのは『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の方だった。 【写真】『侍タイムスリッパー』場面カット(複数あり) そんな秋の映画興行の頼みの綱が頼りになっていない中で、夏真っ盛りの8月17日に池袋シネマ・ロサの一館のみで公開が始まった安田淳一監督の自主製作作品『侍タイムスリッパー』が、前週初のトップ10入り(7位)をしたのに続いて、遂に今週はトップ5の一角に食い込んできた。公開から65日間の動員は30万1500人、興収4億2500万円。当初は口コミによる動員の広がりだったが、10月に入ってからはNHKのニュースが取り上げるなどマスコミでの露出も増えていて、そこにブーストがかかったかたち。年内まだまだ天井が見えない興行が続くだろう。 『侍タイムスリッパー』の快進撃から多くの人が思い出すのは、今から7年前、2017年から2018年にかけての『カメラを止めるな!』の大ヒットだろう。先行公開から数えると1年以上に及んだ『カメラを止めるな!』の興行は、最終的に31億2000万円という自主製作映画としては前人未到の大記録を打ち立てた。現時点で『侍タイムスリッパー』にその再来を期待するのは時期尚早だろうが、両作には少なからず共通点がある。 一つは、監督の映画としてではなく(両作品の監督ともそれ以前は一般的に名前が知られていなかった)、役者の映画としてでもなく(両作品ともいわゆる有名俳優は出演していない)、何よりも脚本の映画として支持されていること。「脚本の映画」を言い換えるなら「話の面白さ」ということになるが、その際、重要な役割を果たしているのは物語設定そのものの仕掛けだ。その仕掛けが、観た後に誰かに話したくなるような「話の面白さ」を導き出すことに成功している。 もう一つ、これは「脚本の映画」であることとも繋がっているのだが、低予算作品であることを言い訳にせず、普段インディーズ作品をほとんど観ないような幅広い観客層も射程に収めた、ウェルメイドさを心がけていること。特に『侍タイムスリッパー』の場合、自主製作映画でありながら東映京都撮影所の協力を得られれたことは、長年時代劇を見慣れてきた年配層の観客も満足できる作品のウェルメイドさに大きく寄与していて、日本国内における映画製作、そして観客の掘り起こしの新しい可能性を示してみせたとも言えるだろう。 もっとも、自主製作映画のこのような社会現象化は製作サイドが狙ってできるようなことではなく(もちろんそれを目指すこと自体は重要だが)、作品がヒットしてからの分析はあくまでも「後付けの理由」でしかない。実際、そこに再現性のようなものがあれば継続的に同様のヒット作が生まれてもいいものだが、このような作品はヒット規模の基準をある程度まで下げたとしても数年に1本。本連載にできることは、その「驚き」をこうして記録として残しておくことだけだ。
宇野維正