借金7000万円ディレクターが危険地帯に潜入…『不夜城はなぜ回る』などを手掛けた大前プジョルジョ健太×白武ときおが語る“映像制作のルーツ”
プラットフォームを問わず縦横無尽にコンテンツを生み出し続ける、放送作家・白武ときお。インディペンデントな活動をする人たちと、エンタメ業界における今後の仮説や制作のマイルールなどについて語り合う連載企画「作り方の作り方」。 【写真】白武ときお、大前プジョルジョ健太の撮り下ろしカット 第13回は、フリーのディレクター大前プジョルジョ健太をゲストに迎えた。TBS在籍時は『あさチャン!』『ラヴィット!』『サンデー・ジャポン』などの番組を担当し、自身も出演して注目を集めたバラエティ番組『不夜城はなぜ回る』などを手がけた。2024年1月に同局を退社後、現在はABEMAで『国境デスロード』を制作している。 『国境デスロード』は、命懸けで国境を越える人々の旅路(=デスロード)にプジョルジョ氏が同行し、その先に見える究極の景色を探す番組。なぜそのような企画にたどり着いたのか、プジョルジョ氏のルーツやポリシーについて聞きながら、制作スタンスなどについて語り合った。 ・TBSに100%戻れるかわからない 退社時にセルフドキュメンタリーを撮影 白武ときお(以下、白武):今日はありがとうございます。プジョルジョさんがTBSで担当されていた『不夜城はなぜ回る』を観たときに「新しい存在感のあるディレクターさんが出てきた」と思って見てました。 大前プジョルジョ健太(以下、プジョルジョ):ありがとうございます。白武さんのことは『しもふりチューブ』で拝見しているのもありますし、面白い企画をたくさん作っている作家さんという印象で、僕もお会いしたいと思っていました。 白武:プジョルジョさんはディレクターとして『不夜城はなぜ回る』を手がけられていただけでなく、ご自身が出演もされていましたよね。画面越しにしか拝見していなかったからか、もっと大きな人なのかと思っていました。 プジョルジョ:よく言われるんですよ、身長180cmくらいありそうって。でも159.6cmです。 白武:いま『国境デスロード』で海外の危険地帯によく行かれていると思いますけど、その……ナメられないですか? プジョルジョ:逆に、ナメられすぎてナメられないっていうのが武器かもしれません。子供みたいに見られて、相手にされないというか。 白武:カメラを回しているときとか、ビビりませんか? プジョルジョ:ビビらないです。申し訳ないという気持ちはあるんですけど、なんとなく自分は大丈夫と思ってしまっていて。もちろん、自分を含むスタッフの安全管理などは徹底して撮影しています。 白武:TBSを退社されて、いまはフリーランスなんですよね? 退社5年以内であれば戻れる制度を利用したっていうのをどこかで読みました。 プジョルジョ:そうですね。でも、100%戻れるかどうかはわからないと言われました。というのも、会社を辞めるときにセルフドキュメンタリーを撮っていたんですよ。 白武:言葉通りの『さよならテレビ』。そもそも、なんでそれを撮ろうと思ったんですか? プジョルジョ:TBSで『TBSドキュメンタリー映画祭』というのをやってるんです。その担当部署から「1本撮ってみないか」と言われて。そこから考えてみて、一番やりたかったのが「会社を辞める」ドキュメンタリーを撮ることだったんです。 白武:なぜ「会社を辞める」ことを一番撮りたいと思ったんですか? プジョルジョ:僕は新卒でTBSに入社して働いてきて、当然ですが退社をするにあたって具体的になにをするのか全く知らなくて。会社を辞めた方に取材をさせてもらったことはありますが、自分が実際に退社して無職になることで、どんな感情になるのかを知りたかったんです。生意気だと言われたら、それまでかもしれないですが。 白武:本当に興味本位だったんですね。 プジョルジョ:はい。別になにかを暴露しようとか考えたわけじゃなく、本当に「退社するまでにどんなことが起こるんだろう」という自分の興味本位から撮り始めました。 でも手続きや挨拶回りのときにボイスレコーダーを仕込んでおいたら、バレてしまって。1個は差し出したんですけど「お前のことだから2個あるな」と言われて、2個目もバレて、結局は鞄に仕込んでた3個目までバレてしまいました。相手のほうが上手でした。 白武:ええ……すごいですね。 プジョルジョ:そういうわけで、会社に100%戻れるかどうかはわからない状態になってしまいました。 ・「真逆のタイプ」7000万円の借金を背負うプジョルジョと安全圏にいたい白武 白武:興味本位で走り出してしまうということは、将来設計とかは考えないタイプですか? プジョルジョ:僕は「1年後にどうなっているかわからない」自分でいることにだけ期待をしているんです。中学の卒業文集にも「なにになっているかわからない自分でいてください」と書いていたくらい。だから5年後のことも、わからないのが楽しい。それだけは変わらないでいたいことです。 白武:普段、ギャンブルとかはするんですか? プジョルジョ:ギャンブルはまったくやらないです。でも借金があるんですよ。7000万円くらい。 白武:え、なんの借金ですか? プジョルジョ:新卒1年目のときにいろんな勧誘がきて、あんまり確認せずにハンコ押しまくってたら、ワンルーム投資をいくつも契約していたみたいで。だから会社を辞めたときに一番困ったのはその返済計画です。働かないとお金がないので、職を探しにハローワークにも行きました。 白武:会社を辞めた時点で『国境デスロード』は決まってなかったんですか? プジョルジョ:はい。これが始まるまでは本当に無職で、仕事の当てもありませんでした。 白武:そんな状況なのにTBSを辞めたのは、本当に「思いついちゃったから」なんですか? プジョルジョ:そうですね。 白武:まったく意味がわからない……。だって、TBSにいたら少なくとも借金を返す当てが少しは立つわけじゃないですか。辞めちゃったら、どうなるかわからないじゃないですか。 プジョルジョ:でも白武さんもフリーランスですよね? 最初の一歩ってそうだったんじゃないですか? 白武:いや僕は7,000万円の借金がないので。マイナススタートじゃないので。 プジョルジョ:そうか。 白武:7,000万円の借金についてはどう思ってるんですか? プジョルジョ:一歩踏みだすときの足枷になっているとは思います。あと、人に言うタイミングが難しいんですよね。でもけっこう周りに言ってきたんで、もうここで公に言っちゃいました。隠してるわけじゃなくて、聞かれないから言わなかったくらいのことなんですけど。 白武:過去に貧乏だったときはありますか? プジョルジョ:あります。僕の父親はもともと、大手電気機器メーカーで部長をしていたんです。でも会社で大規模なリストラがあって、父は「部下を15人切れ」と言われて。 そしたら「だったら俺がひとりで辞める」と、家族に相談もなく会社を辞めちゃったんですよ。本当に貧乏になりましたし、それから父はずっと無職です。 白武:後先考えないのは、お父さん譲りなんですかね。 プジョルジョ:そうかもしれないですね。でも僕は、人から影響を受けやすいんです。それに、影響を受けることが楽しい。『不夜城はなぜ回る』に出演していたのも、自分で取材して関係性を築いたからこそ話してくれることがあると実感していたからで、そうしていろんな影響を受けて、自分がどうなっていくかも楽しみなんです。 白武:ジャンプの主人公じゃないですけど、とにかくワクワクするほうを選んでいる感じがします。僕は逆で、ある程度プランを立てて積み上げたいタイプです。 プジョルジョ:そうなんですか? 白武:もちろん良い影響は受けていきたいんですけど、振り回されたくはなくて。僕だったら『国境デスロード』で行っているような危険地帯にはなるべく行きたくないですし、なんなら夜の歌舞伎町すら歩きたくないんですよ。怖いから。 プジョルジョ:そういうところへ行っても、ワクワクしないってことですか? 白武:いや、たとえば車のなかから眺めるとかならいいんですけど、歩くのは怖いです。興味がないわけじゃないけど、安全圏にいたいです。 プジョルジョ:じゃあ僕らは真逆のタイプですね。 ・自分の熱量と視聴者視点のバランス 意識している“高橋弘樹から言葉” 白武:そもそも『国境デスロード』という番組を作ろうと思った理由はなんですか? プジョルジョ:僕の母親がインドネシア人で、国境を超えてきて僕が生まれたという背景があります。生まれながらにして家の中に国境があった。母はイスラム教徒で、父は仏教徒だから、その時点で宗教の違いがあります。そういった背景をきっかけに始めた企画です。 白武:生活のなかでいうと、どれくらい違うことがあるんですか? プジョルジョ:まず朝4時に、お祈りのための音声が爆音で流れます。僕は母の影響で幼い頃からお祈りをしていたんですけど、父の実家へ行ったらお寺で手を合わせる。でも母は手を合わせないんです。 母はお肉を食べないし、お酒も飲まない。父は会社を辞めてアルコール中毒になったんですけどね。そういう環境で生まれ育ったからか「違い」というのが好きなんだと思います。 白武:プジョルジョさんは、仕事のなかでどんな部分に喜びを感じますか? 撮るのが好きなのか、編集が好きなのか、反響をもらうと嬉しいとか。 プジョルジョ:取材相手が自分にしか見せてくれない表情を撮れたときは、もう最高に嬉しいです。僕が影響を受けるだけじゃなく、相手も影響を受けて、僕が相手だからこそ話せるのだろうと思えることが出てきたりすると、すごく気持ち良くて。そのためにずっとやっているところがあります。 白武:そうして取材したものが世に出て、反響をもらったときも嬉しいんですか? プジョルジョ:世間の反響というよりは、取材相手から感想をもらったときが一番嬉しいかもしれません。いまABEMAで高橋弘樹(元テレビ東京)さんのチームにいるんですけど、高橋さんからもう1万回くらい「視聴者のことをもっと考えなさい」って叱られてます。 白武:僕も弘樹さんは一時期番組でご一緒していて、かなり影響を受けた先生のように思ってるんですけど、弘樹さんが言う「視聴者のことをもっと考える」っていうのはどういうことを言われるんですか? プジョルジョ:「視聴者がどう思っているか。観て、なにを考えるかだ」と口酸っぱく言われています。つい「僕はこうしたい」と自分が主語になってしまいがちなので。 白武:弘樹さんは、自分が視聴者として観たいものを追求する人ですね。『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京)の番組を通す時、自分で勝手にプロトタイプとして映像を撮ってきて、それを企画書として出したりする人。他局がタレントバラエティなのに対して、視聴者として見たいものをディレクターが汗をかいて取材するというテレビ東京イズムみたいなものがあると思います。 プジョルジョ:そうですね。だからこそ僕のことを買ってくれて、今回もやらせてもらえることになって。だからいまは「これを観る視聴者がどう思うか」をものすごく考えて作っています。なかなか難しいんですけどね。 ・「結局大事なのはお金」ドキュメンタリーを撮る者の“世知辛い現状” 白武:プジョルジョさんはTBSで情報、報道、バラエティといろんなジャンルの番組を作ってきたわけですけど、特になにを作っていきたいとかはあるんですか? プジョルジョ:全部やりたいというか、日々変わってます。白武さんはありますか? 白武:いま僕は児童書やマンガを作りたくて、少しずつ進めています。あとはバラエティも『ドキュメンタル』(Amazonプライム)とか『SASUKE』(TBS)みたいに海外にも広がるフォーマット的なものも作りたいとは思います。そうやって、いくつか動かしているものはあります。 プジョルジョ:すごいな。いくつも動かすっていうことがまず僕にない発想というか、一度にひとつのことしかできないんですよ。 だからいまも『国境デスロード』しかやってないですし。だからこれが終わったらまた無職に戻ります。フリーランスって普通は、並行していくつも進めているものですよね? 白武:そうですけど、憧れます。尾田栄一郎先生が『ONE PIECE』(集英社)を命を懸けて描いているみたいな。ひとつに全集中できる状態はすごく憧れますけど、やっぱりそうやって生きるのは怖いから、何本も走らせたりするわけで。 プジョルジョ:だから僕はお金がないんです。 白武:でも別に、お金がすべてではないですし、プジョルジョさんの喜びはいま自分にしか撮れないものを撮るところにあるわけですし。ただ、国境を超える人たちは、生きていく術としてお金のために動いている人もたくさんいるわけじゃないですか。そういうのを目の当たりにしてどう思いますか? プジョルジョ:それこそ「お金くれよ」って大抵言われるんです。それは海外に限らず日本でロケをしていても、取材する側じゃなくされる側に利はないのかと。それはその通りだと思います。 でも「100万円払え」と言われても払えないし、少額でも都度払っていたら予算がなくなってしまう。「お前は俺を撮って儲けてんじゃねえか」と言われたら、なにも言えなくなっちゃうんです。だからこそ、結局大事なのはお金だなと思います。 白武:事実として見ればそうだけど、思いとしてはそうじゃないって話ですよね。 プジョルジョ:そうです。でも思いがどうだとしても結局はそうだから、自分が認識をしておかないといけないなと。じゃないと、本当の意味で話を聞くことはできないだろうなと思います。 白武:なるほどなぁ。そろそろお時間ということで。今年、話した人の中で、一番自分と感性が違う人でした。とても面白かったです。ありがとうございました。
鈴木 梢