『放課後カルテ』牧野の苦い過去が明らかに 涙目になった松下洸平の必死の訴え
相手を知る手がかりは言葉だけじゃない。人間は表情や声の調子、ちょっとした仕草など言葉以外の方法で自分の気持ちを発信している。私たちは日頃、どれだけそうした情報に目を向け、真摯に受け止めることができているだろうかと考えさせられた『放課後カルテ』(日本テレビ系)第5話。 【写真】高崎(田辺誠一)と話す牧野(松下洸平) 牧野(松下洸平)の「お前を助けたい」という懸命な訴えは分厚い心の扉を壊し、羽菜(小西希帆)は家から出てくる。その手のひらには陶器片を強く握ったことによる傷があった。羽菜が抱える破壊衝動はもう限界まで膨れ上がっていて、牧野が駆けつけていなければ、彼女は自分で自分を壊してしまっていたかもしれない。その原因は両親の不仲にあり、牧野と篠谷(森川葵)は羽菜の母親である茜(島袋寛子)が野外合宿の日に家を出て行っていたことを知る。 羽菜の現状を伝えるため、篠谷は父親の真吾(和田聰宏)に連絡を取るが、呼び出しに応じない。それでも篠谷が食い下がり、しぶしぶ学校に訪れた真吾は羽菜の自傷について聞かされて寝耳に水といった表情を浮かべる。羽菜は「足が痛いから学校を休みたい」と一度真吾に訴えかけており、前々から必死でサインを出していた。でも、「羽菜さん、どんな顔をしていましたか?」という篠谷の問いに真吾は何も答えられない、答えられるはずもない。だって、あの時の真吾は背を向けていて、羽菜の顔を見ようともしていなかったのだから。 それは、かつて患者とその親に背を向けていた牧野の姿にも重なる。数カ月前、牧野の働く大学病院にシングルファーザーの貴之(塚本高史)が息子の真琴(三浦綺羅)を連れてやってきた。牧野は簡易検査の結果と身体所見からインフルエンザの診断を下す。インフルエンザであれば、薬を飲んで安静にしていれば症状が治まることがほとんどだが、妻の雅(大沢あかね)が亡くなってから一人で真琴を育てる貴之は不安でいっぱいで、真琴も雅が入院してそのまま亡くなったため、病院を過剰に怖がっていた。 しかし、牧野は「病気を抱えるのも、向き合うのも、治すのも患者自身」という考えから貴之の不安に寄り添おうとせず、「今すぐ病院に来い」と高圧的な言葉で真琴を呼び出す。その結果、貴之は予約をキャンセルし、別の病院に連れていく前に真琴の症状は悪化。1カ月ほど前に溶連菌感染症に感染した真琴はその免疫反応でリウマチ熱を発症し、心臓の僧帽弁が逆流を起こしていた。牧野が真琴の症状から原因に気づき、貴之に無断で病院に連れて来なければ、もっと危険な状態になっていたかもしれない。だが、入院が必要になり、貴之は「こうなる前に止められなかったのか」と牧野に怒りをぶつける。 小児科の待ち合いは常に患者でいっぱいで、多忙の中で牧野はできることを精一杯やっていた。それに優しい言葉をかけたとしても、患者の病気が治るわけではない。だけど、貴之と真琴が最初に診察に訪れた時、牧野が二人に背を向けず、しっかりと目を見て不安を取りのぞけるような言葉をかけていたら、ここまで関係はこじれずに信頼関係のもとでもっとスムーズに治療が進んだだろう。「患者の言葉を聞くのも、保護者に寄り添うのもすべての理解が治療に繋がるんだ」という高崎(田辺誠一)の言葉で、ようやく牧野は自分の間違いに気づけた。 そうした苦い過去があるからこそ、牧野は羽菜と向き合い、その言葉を聞こうとしたのだろう。そんな牧野は「来てもらえたのも、話聞いてもらえたのも、嬉しかったです」と羽菜に言われて胸が熱くなったのか一瞬涙目になる。その笑顔だってもしかしたら見ることがかなわなかったかもしれない。あとで後悔しても遅い。だから牧野は自分と同じように羽菜に背を向けている真吾に「傷は隠していた言葉の全てです。父親である貴方がそれを受け止めてください。水本羽菜をちゃんと見てください」と必死で訴えかける。 牧野が言う通り、羽菜の傷もまた彼女が必死で自分の苦しみを伝えようとしていた証だ。だけど、大人は忙しさを理由に相手と向き合うことを避け、そういう小さな情報を見逃してしまう。一方で、子どもは周りのことをよく見ている。羽菜も、両親の心が離れてしまった原因も、母親が出ていった理由も、自分がそれぞれの嫌なところを受け継いでいることも全て知っていた。 以前、救急医療に携わる人から自傷行為で運ばれてきた患者に「自分を大事にしなさい」と責める言葉はかけてはいけないという話を聞いたことがある。なぜなら、自分を大切に思えないから自分を傷つけるのであって、そう思わせた人間が他にいると。だから代わりに心を込めて傷を手当てするのだとその人は言っていた。今まで両親から愛情を受け取ることができなかった羽菜が自分を大事にできるはずがない。真吾は、羽菜の傷は自分たち夫婦がつけたものであることを認め、「もう二度と傷つけさせない」と誓う。真吾の手当ては牧野よりもたどたどしいが、その手から伝わる愛情がきっと羽菜の心を守ってくれるだろう。 一方で、どれだけアンテナを張っていても親だけでは見過ごしてしまうことももちろんある。だけど、学校には牧野もいて篠谷もいる。ここまで羽菜が自分を壊さずにいられたのは、彼女をさりげなく気遣ってきた藤野(上田琳斗) の存在も大きい。誰一人が背負う必要はなく、関わる人すべてで見守っていけばいいのだ。だが、篠谷は自分の無力さを責めており、羽菜の問題が解決してもか表情は曇っている。次週はそんな篠谷の体と心に牧野が向き合うことになりそうだ。
苫とり子