シンガポールで初めて日本人に鞭打ち刑20回の判決。腕を切り落とす、入れ墨を彫る…じつは残酷な人類の刑罰の歴史
残酷さを追求できなくなった近代の刑罰
ところが、時代が進んで、合理主義や人文主義、人道主義や人権主義が大いに発達したことで、国家は、刑罰を設置、使用するにあたって、多くの制限原理を受けざるを得なくなり、ひたすら残酷さを増大して衝撃性・可視性・有形性を図ることができなくなった。 その反映として、多くの国で特に近代社会になってから、刑罰はまず人文化や合理化に向けて、そして人道化や人権化を目指して変化を見せ、応報・予防・改善・人権といった複数の価値のなかでバランスをとるようになった。 このような変化の内容は二つの方面に集中している。一つは、刑罰の体系や類型が大幅に減らされ、単純なものに変わったことである。特に身体刑は、今日、ほとんどの国で廃止されるようになった。 もう一つは、刑罰の執行方法が合理的、人道的になったことである。一部の国では、今でも死刑を存置させて執行しているが、煮沸刑や牛裂のような残酷な執行方法は、もはや使われていない。 ちなみに、人類の刑罰の合理化や人文化、人道化や人権化の過程で一つの不思議な現象が起こっている。顔に入墨をしたり、足や手を斬るような身体刑は人道に反する残酷なものとして早々と廃止されたのに対し、死刑が廃止されていないことである。 足や手を斬ることと、首を斬ることの、どちらがより残酷かという問題は、未だに我々人類に投げかけられている。筆者が思うに、身体刑が廃止された本当の理由は、それが残酷だからという人文上・人道上・人権上のものではない。 身体刑は労働力の利用にとって不利で、社会や周りに更なる負担をかけるという経済的合理性によっているのではないか。身体刑を廃止するものの、死刑を廃止しないのは、我々人類が露呈してしまった一つの偽りかもしれない。
残酷さが完全になくなっていない今日の刑罰
このような偽りは未だにあるものの、今日、人類の刑罰が、合理化や人文化、人道化や人権化などの原理に基づいて単純化されたのは紛れもない事実である。 しかし、このことは、今日の刑罰に、もはや一切の残酷さもなく、いささかの衝撃性・可視性・有形性を求めていないことを決して意味しない。 今日でも、刑罰は刑罰である限り、一定の残酷さと、それを通じた衝撃性・可視性・有形性を帯びている。今の刑罰と昔のそれとの違いは、残酷さとそれによる衝撃性・可視性・有形性の有無ではなく、その多少だけである。 これらが全くなければ、刑罰も「刑罰」でなくなる。事実、今の日本・米国・中国のいずれにおいても、死刑を含む刑罰制度があるのみならず、司法の実際においても、衝撃性・可視性・有形性を極端に追求しようとする異常な動きが時として見られる。 例えば、2000年初頭の米国で、ある州の裁判所は、盗みをした青年に対し、「私が泥棒だ」と書いたプレートを胸の前にかけて高速道路の傍らで72時間立てという刑罰を言い渡した。 また、2006年11月に中国の深圳市では、警察が売春犯罪と買春犯罪の容疑で捕まえた百数十人の若い男女に特製の囚人服を着せ、繁華街に連れていき、大勢の公衆の前で容疑者の身長や氏名、出身地や両親の名前を読み上げた。 日本では、そこまでやることはないものの、容疑者や受刑者の顔写真を報道することはよくある。 裁判公開は、日本・米国・中国のいずれにおいても、刑事手続の基本原則とされている。その最大の理由に、裁判に対する市民の監督を保障することが挙げられているが、本当は、裁判公開原則の歴史的背景の一つは、かつてのように国家が刑事裁判を通じて刑罰の衝撃性・可視性・有形性を追求することにあるのである。 *1 村井敏邦『刑法──現代の「犯罪と刑罰」』岩波書店、1990年、21頁。 *2 冨谷至『古代中国の刑罰──髑髏が語るもの』中公新書、1995年、57頁。 *3 カレン・ファリントン編著『拷問と刑罰の歴史』飯泉恵美子訳、河出書房新社、2004年、34頁。大場正史『西洋拷問刑罰史』雄山閣出版、1989年。 *4 石井良助『江戸の刑罰』中公新書、1986年、5頁。 *5 冨谷至、前掲第2節註5、63頁。名和弓雄『拷問刑罰史』雄山閣出版、1987年、222頁。 文/王雲海 写真/Shutterstock
---------- 王雲海(おううんかい) 1960年中国河北省生まれ。82年中国西南政法大学卒業。84年に来日し一橋大学で博士号(法学)を取得。1999~2000年、米国ハーバード大学客員研究員。『「権力社会」中国と「文化社会」日本』(集英社新書)で、IPEX2006年度最優秀著作を受賞。著書に『死刑の比較研究-中国、米国、日本』(成文堂)、「刑務作業」の比較研究-中国、米国、日本』(信山社)、『賄賂の刑事規制-中国・米国・日本の比較研究』(日本評論社)ほか。 ----------
王雲海