真打昇進を控える三遊亭わん丈が語る、“究極のエンタメ”落語の魅力と抜擢真打の本音
落語は「究極のエンタメ」
では落語という芸の魅力は、と尋ねると「究極の芸」と即答する。「できないことがない。しかも身軽。座布団を用意していただき、着物・扇子・手ぬぐいを自前で持っていけば、どこでもできます。日本人って、想像力に長けている民族らしいんですよ。私たちは何もないところで喋るけど、そこに様々な登場人物がいて、会話して動いているように見えるでしょ? お客さまの頭の中で想像していただけるんですよ。想像力というものはリミットがない。舞台上にセットや小道具を実際に用意するよりも、はるかに大きいものをお客さまは見ることができる。そういう意味で落語は究極のエンタメだと思います」
16人抜き大抜擢!……だが「こんな制度、なくなった方がいい(苦笑)」
わん丈の抜擢真打昇進は昨年4月に発表され、落語ファンの間でも大きな話題となった。さぞや嬉しかったのでは、と訊くと、少し複雑な表情を見せた。「言われた瞬間は、嬉しかったです。言われた瞬間“だけ”、嬉しかった(苦笑)。落語協会って、会長や理事といった偉い師匠方が、全員面白いんです。組織のトップというものはキャプテンタイプとエースタイプがありますが、全員現役のエース。その方々が私のことを見てくださっていたんだな、ということが嬉しかった」 そもそも落語家にとって真打昇進というのはどういう位置づけなのか。「落語家の身分は、前座、二ツ目、真打とあります。ざっくり例えると、前座は義務教育、二ツ目は大学生、真打が社会人。真打昇進がスタートラインですので、そこに到達したというのは喜ばしいことではあります。ただ、こちらとしては二ツ目を(平均的に二ツ目修行期間とされる)10年やると思っていたところ、2・3年早いけど上がれと言われたわけです。大学3・4年と遊ぶぞ! と思っていたのに、大学2年でいきなり社会に出ろと言われているようなものです。正直、お断りしようかなということは頭をよぎったし、そこから先は……嬉しいことはない(苦笑)!」。……どういうことなのだろう。「めっちゃ本人喜んでる、と思われているかもしれないですけど、二ツ目でいた方が楽に決まってます! もちろん、言っていただいた限りは頑張りますけれど……。意外と理事の方からも、お会いした際に『悪かった! みんな俺のせいにしろ!』と言われたりもしました、なので今してみました(笑)」 ちなみにずばり、軋轢は?「……ありました。あるに決まってる(笑)。こんな制度、なくなった方がいいですよ、これ書いておいてください(笑)! 芸人の世界って、厳密に序列が決まっているんです。1秒でも先に入ったら“兄さん・姉さん”で、食事に行けばぜんぶ先輩がご馳走してくれて、翌日後輩は御礼の電話をする。そんなガチガチに厳しい序列で回っている世界に、なぜ抜擢なんてものがあるのか! どれだけややこしいかと言うと、例えば私が抜いた先輩Aさんと二人会を開催しているとする。それまでは『A・わん丈 二人会』だったものが、今後ずっと『わん丈・A 二人会』となります。トリも、基本的に香盤が上になる私がとる。でも、楽屋の広い方はA先輩が使うし、ご馳走してくれるのもA先輩。お客さまに見えるところは私が上、でもお客さまに見えないところは今までと何も変わらず、先輩は先輩のままです。こんなの、軋轢が生まれないわけないです」。だが、大抜擢ということで世間からの注目も集まった。良い面もあったのでは、と重ねて訊いてみても「そんな注目いらないです、のらりくらりと落語をしていたい」と本音を漏らす。 「私としても、二ツ目の間にこういう古典を勉強しよう、こういう新作を作っていこうと計画していたんですよ。その設計図が崩れた。でも性格上、『できない』じゃなく『3年でやることを1年でやらなあかん!』と思っちゃう人間なんです。それで今、あがいているし、さすがに支障もきたしている。ただ、こんな失敗をするんだ、こんなに自分はダメなんだと気付かされて、それもまたいい経験になっています。おそらくそれも含め『こいつならなんとかするだろう』と言われているのかなと思って、頑張っているところです」