時価総額1兆円の「医療AI」企業が日本進出、グルーポン創業者の次の一手
共同購入型のクーポンサイト「グルーポン」を2008年に共同創業した連続起業家のエリック・レフコフスキー(55)は、2015年に設立したヘルステック企業Tempus AI(テンパスAI)を、今年6月にナスダックに上場させ、日本市場に乗り込んだ。 マンハッタンの中心部にあるテンパスAIのオフィスでインタビューに応じた同社の創業者でCEOのレフコフスキーは、特徴的な楕円形のメガネにネイビーのボタンダウンシャツを着用していた。近くの会議室に入った彼は、ドアを閉めることなく、世間話も省略して、いきなり本題から始めた。 「私は、1つの問題に全神経を集中させる傾向がある。その問題に没頭し、それ以外のことは考えなくなる」と、レフコフスキーは語った。 彼のこの話には、彼の下で働いた人たちも同意している。レフコフスキーは、1対1のミーティングでは、悪いニュースだけを真っ先に聞きたがるという。「1対1が5分以上続いたら、何か問題があることのサインだ」と、テンパスAIの元最高医療責任者であるゲイリー・パーマーは語る。 同社の元最高科学責任者であるジョエル・ダドリーも、「『これはうまくいっている』と彼に言うと、『そんなのはどうでもいい、何がうまくいっていないのかを教えてくれ』と言われた。そのことは、とても健全な会社のカルチャーを生み出した」と述べている。 レフコフスキーは、自身がヘルステックの企業を立ち上げるとは夢にも思わなかったと述べている。彼は、数十年におよぶ連続起業家としてのキャリアを通じて、アパレルや印刷、物流、メディアなどの様々な分野で会社を立ち上げてきたが、規制が多すぎる医療分野で会社を立ち上げることはないと考えていた。 しかし2014年に、自身の妻が乳がんと診断されたことで状況は変わった。妻の治療にほとんどデータが活用されていないことに気づいた彼は、1年間にわたり腫瘍医と話をして、医療分野のバックグラウンドが一切ないにもかかわらず2015年にテンパスAIを設立した。 この会社は当初、がん患者の腫瘍サンプルを解析し、人工知能(AI)モデルを用いてより正確な診断と個別化された治療法を提供することを目的としたデータ企業だったが、現在では、うつ病や不安症、ADHDなどの精神疾患や心臓病にもその対象を拡大し、AIを「世界中のすべての疾患分野」に応用することを目指している。同社はまた、データセットの一部をアストラゼネカやメイヨークリニックの研究者などにライセンス提供している。 レフコフスキーが率いる、従業員が2300人のこの会社は、6月に60億ドル(約9100億円)の評価額でナスダックで新規株式公開(IPO)を果たし、社名をテンパスAIに変更した。同社は今年6月までの1年間で6億ドルの収益を上げたが、黒字化を果たしていない。この期間の純損失は、7億2000万ドル(約1096億円)で、その半分以上はIPO時に優先株を普通株に転換したことによる会計上の損失だった。 その後、株価は10月中旬までに22%上昇し、時価総額は76億ドル(約1兆1500億円)に達した。フォーブスは、レフコフスキーの保有資産を44億ドル(約6700億円)と試算しており、そのうちの約25億ドル(約3800億円)がテンパスAIの持ち分だと推定している。 レフコフスキーが、これほど多くの成功した事業を築けたのは、問題解決への執着に加え、彼が決断力があり、細部にこだわり、時には過剰ともいえる自信があったからだと従業員や投資家たちは語る。そして、それが彼を最良のセールスパーソンにしている。