[夢枕獏さん]悪性リンパ腫 大学病院で肺に水を入れて検査し、血液のがん判明…診断直前には連載14本
一病息災
有名人に、病気や心身の不調に向き合った経験を聞く「一病息災」。今回は、作家の夢枕獏(ゆめまくらばく)さん(73)です。 【図解】血液がんの移植治療
当代指折りの人気作家の一人。「陰陽師(おんみょうじ)」「キマイラ」「餓狼伝(がろうでん)」といった長編シリーズを次々と世に出してきた。伝奇小説、SF、エッセーなどジャンルは多彩で、題材も歴史、格闘技、山岳、釣りとバラエティーに富む。 多忙な中でも、年に1度、人間ドックを受けていた。2020年11月の検査で、「縦隔腫大(じゅうかくしゅだい)」との結果が出た。縦隔とは、胸の中の両肺に挟まれた空間のことで、そこのリンパ節が腫れているという。原稿の締め切りが集中する「年末進行」と呼ばれる時期に入っていて、精密検査は先延ばしにした。 年明け、かかりつけ医に「大きな病院へ」と言われ、そこでも、さらに大きな病院での検査を勧められて、神奈川県の大学病院を受診した。 検査の一つは、肺に水を入れて洗浄し、水中にがん細胞がないかを調べるという。思わず「それって、苦しくないですか」と医師に尋ねると、「苦しいけど、頑張りましょう」。 21年3月下旬、「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」と診断された。白血球の一種ががん化する血液のがんで、初期ではなかった。 診断の直前には、毎日締め切りのある新聞小説を含め、週刊誌や月刊誌に14本の連載を抱えていた。結末が近い小説は何とか書き終え、週刊誌1本の連載を残し、ほかは休ませてもらうことにした。 「それまでなら休載なんてとても言い出せなかったけど、この時はみんなが大事にしてくれたんですよ」
抗がん剤治療 一時味覚なくなり 指が震える…病床で俳句エッセーを連載
2021年3月に悪性リンパ腫と診断された。結果がわかるまでが精神的につらかった。「診断後は、むしろ気持ちが決まった。遊びも仕事もずいぶんしたし、悪くない70年だったな、と」 上半身のあちこちのリンパ節に腫れがあるとわかった。毎春、花粉症に悩まされてきたが、この年はとりわけせきがひどく、体中に痛みが走るほどだった。 すぐに8日間入院し、薬物治療が始まった。R(アール)―CHOP(チョップ)療法と呼ばれ、分子標的薬やいくつもの抗がん剤などを3日連続で投与する。それから投薬を休み、再び投与するサイクルを3週間ごとに繰り返した。 ちょうど桜の季節。「来年の桜は見られないかも」とわざと口にした。すると、「かみさんが、どんなぜいたくな物でも食べさせてくれた。最強の武器ですね。使いすぎて、効果は2か月ほどしか続かなかったけど」 抗がん剤の影響で、頭髪だけでなく、全身の毛が抜けた。一時味覚はなくなり、吐き気がした。ペンを持っても、指が震える。 ほとんどの連載は休んだが、まだ書きたいものはある。けがをした運動選手が部分的にでもトレーニングを続けるように、少しずつでも書こうと思った。 俳句なら、病床にあっても書き続けた人は多い。5月、「仰天・俳句噺(ばなし)」と題し、俳句に関するエッセーの連載を始めた。<点滴てんてんてん花冷えの夜><万巻の書読み残しておれガンになっちゃって>