「スランプは成長のとき」 日・韓・米で活躍したオランダ人元プロ野球選手に聞く、キャリア転換時に大切なこと
引退、そして新しいアイデンティティへ
チームは絶好調だったが、バンデンハーク氏は肉体的な老いを感じはじめ、19年には本格的に腰を痛めた。21年に東京ヤクルトスワローズと契約し、回復を信じてトレーニングに励んだが、再び腰を痛める結果となってしまった。 「もう最高レベルでピッチするのはどんどん厳しくなっていると感じました。心ではそこに到達できると思っていても、身体が言うことを聞かない。最後のシーズンに“引退”が心に浮かぶと、自分の中でとても激しいバトルが始まりました。それはとても苦しい戦いでした」 シーズン終了後、バンデンハーク氏は妻と話し合って、引退を決意した。何人かの先輩やコーチとも会って、人生のこういうステージで彼らがなにをしたか、どうやって乗り越えたかについて話を聞いたという。 「苦しみの渦中にあると、人はそれを自分だけが経験することだと思いがちですが、ほかの人と話すと、意外と多くの人が同じ状況を経験しています。だから、1人で抱え込まずに誰かとシェアすることはとても重要だと思います。そして、あなたに影響を与えてくれて、正直でいてくれる人に囲まれることは、とても大切です」 次の仕事についてなにをするかは分からなかったというが、野球と繋がっていたいという思いと、自分の知識や海外での経験を活かしたいという方向性はあった。 「それは古いアイデンティティを失い、新しいアイデンティティを得るプロセスでもあります。時間のかかることです」
森林浴で自分を振り返る時間を
新たなキャリア形成についてバンデンハーク氏は、自分を振り返ることを勧めている。新しいことへのチャレンジには経験がないことが足かせとなることもあるが、まずは自分が達成してきたことを振り返り、自分のユニークなスキルセットを信じることが大切だと強調する。 バンデンハーク氏によれば、振り返りのために必要なのは、自分のために時間を取ること。自分の内部でなにが起こっているのかをじっくりプロセスする時間だ。彼は特に、日本で学んだ「森林浴」を勧めている。 「公園でも温泉でもいい。自然のあるところに行けば、ホルモンレベルで自分の身体と心を取り戻すことができます」 さらに、もう一つ大事なこととして、バンデンハーク氏は次のように付け加えた。 「キャリアのスランプに陥ったとしても、『自分は失敗者だ』と定義しないこと。例えば、野球の試合に負けても、自分は失敗者になるわけじゃない。自分はまだいいピッチャーだけど、その負けた経験から何かを学ぶ必要があるんです。試合でさらけ出された欠点を改善するために努力するのです。スランプはとても孤独で深い苦しみです。でも、それはなにかを教えてくれている。学びや成長の時期に差しかかっていることを意味します。いつも絶好調だったら、どうやって学ぶ?なにも学べないですよね。それは全く違う視点です。スランプは成長し続けるための助けになるんです」 野球文化の乏しいオランダに帰ってきた今、バンデンハーク氏は選手生活のルーティンや日本の野球文化を恋しく思うという。野球中心に回ってきた生活を新たな生活に切り替えるのにも、相当の時間がかかる。 しかし今は、家族との時間を楽しみながら、欧州と米メジャーリーグの交流をサポートしたり、週末には息子の野球チームのトレーナーを務めたりしている。そして今後は、さらにスピーカーとして活動の場を広げ、多くの人々を助けたいというビジョンを持っている。 「僕が辿ったジャーニーからみんながインスピレーションを得てくれれば嬉しいです」 バンデンハーク氏の正直で真摯なアドバイスは、今後も多くの人の胸に直球で届くに違いない。
取材・文:山本直子