武藤敬司、「命日から15年」三沢光晴さんを「X」で追悼…「酒でも飲んで語り合いたかったな」
元プロレスラーの武藤敬司が13日、自身の「X」を更新した。 この日はプロレスリング・ノアの創始者で伝説的プロレスラーの三沢光晴さんが2009年6月13日に急逝してから15年目の命日。 武藤は、三沢さんと握手するツーショット写真をアップし「今日は三沢光晴さんの命日。引退した今だからこそ、酒でも飲んで語り合いたかったな。。」と追悼した。 三沢さんと武藤は、不思議な縁でつながっている。 1990年代には、全日本プロレスと新日本プロレスのエースとして活躍。ライバル団体としてしのぎを削っていた当時。決して結ばれることのない2人の対戦をファンは夢見ていた。 三沢さんが2000年6月に理想のプロレスを求め全日本を退団しプロレスリング・ノアを設立。1年半後の02年1月に武藤は新日本を退団し三沢さんが離脱した全日本へ移籍し同年10月に社長に就任した。 歴史に「もしも」は禁物だが、三沢さんが全日本を辞めていなければ、おそらく武藤が全日本へ移籍することはなかっただろう。 そして、04年7月10日、プロレスリング・ノアの東京ドーム大会で2人はタッグマッチで初対決が実現。同年10月31日に全日本の両国国技館大会で初めてタッグを結成しリング上で遭遇した。 さらに三沢さんが亡くなり時を経た21年2月21日、日本武道館で武藤は三沢さんが創設したノアの最高峰「GHCヘビー級王座」を初奪取しノアへ入団した。 23年2月21日、東京ドームでの内藤哲也、そして蝶野正洋戦で引退したが、リングを去った後にドームの大型画面に橋本真也さんと共に三沢さんの写真が映し出された。 そんな歴史に思いをはせるとリングを降りた今だからこそ「語り合いたかったな」の言葉に武藤の万感を感じる。
報知新聞社