『虎に翼』土居志央梨による渾身の「はて?」 よねの弁論に込められた無力な社会への嘆き
ついに最終週に突入した『虎に翼』(NHK総合)。初日の放送である第126話では、美位子(石橋菜津美)の事件を担当するよね(土居志央梨)と轟(戸塚純貴)がいよいよ最高裁の大法廷に立つ。約4分にも及ぶ、よねの熱がこもった弁論にただただ圧倒された。 【写真】明日の第127話先行カット 美位子が長年にわたる実父からの性的虐待の末、その父親を殺害したこの事件。論点は刑法第200条における尊属殺の重罰規定が違憲か否かだ。昭和25年には「人類普遍の道徳原理」に基づき、最高裁で刑法200条を合憲とする判決が下されている。 これに対し、渾身の「はて?」を繰り出すよね。寅子の口癖に思わず反応した桂場(松山ケンイチ)をはじめ、15人の最高裁判事たちに「本件において、道徳の原理を踏みにじったのは誰か」と疑問を投げかける。道徳の原理を踏みにじったのは、尊属である父親を殺した美位子か。それとも、家族に暴力を振るった上に、娘である美位子を強姦して子を産ませ、挙句には結婚を阻止するために監禁までした父親か。 口にするのもおぞましいほどの行為を重ねてきた被害者を、よねは「畜生道に落ちた父親」と大法廷ではっきりと口にする。そんな父親ですらも“尊属”として保護し、父親を殺害する以外に自分を守る手立てがなかった美位子に重罰を科す。それは美位子に、父親への服従と従順な女体であることを要求していることに他ならない。 「それが人類普遍の道徳原理ならば、この社会と我々も畜生道に落ちたと言わざるを得ない。いや畜生以下……クソだ!」 そう言い放ったよねを見て、かつて寅子が彼女に「怒り続けることも、弱音を吐くのと同じくらい大事」と言ったことを思い出した。よねの周りにいる人間は誰も、憤慨する彼女を抑えつけようとしない。世の中への怒りがよねの原動力であり、そんな彼女だからこそ掬い上げられる苦しみがあると信じているから。轟も「不適切な発言でした。おわびいたします」と言いつつ、小声で「いけ、山田」とその背中を押す。 そしてよねは、今回の事件を憲法第14条と第13条に記された権利を美位子が取り戻そうとした際に、父親から監禁と暴力による妨害を受けた結果であって、正当防衛もしくは過剰防衛に該当すると主張。「もし今もなお、尊属殺の重罰規定が憲法第14条に違反しないものとするならば、無力な憲法、無力な司法、無力なこの社会を、嘆かざるを得ない。著しく正義に反した原判決は、破棄されるべきです」と結んだ。 よねの弁論はまさに純度の高い正論だ。そこには、すべての国民が法の下に平等で、差別されず、個人として尊重される社会を切に願う気持ちが込められている。日本国憲法自体は20年以上前に施行されたものだが、そこに記された基本的人権の尊重が真に成されたとは言いがたく、ゆえに美位子のような被害者を生んだ。 「私の中に辛うじて残る特別な私が消えぬうちに消えるしかない」という言葉を残してこの世を去った美佐江(片岡凜)もその一人に思える。死因は“事故死”でも、彼女を殺したのは特別じゃなければ生きている価値がないと思わせた社会の風潮なのではないだろうか。 法律の世界から離れ、家具職人になることを決めた朋一(井上祐貴)。それを思いついた時、法律を学んだ時と同じぐらい胸が熱くなったという彼の選択を航一(岡田将生)は尊重する。優未(川床明日香)のこともそう。以前、彼女が大学院を辞めると決断した際には猛反対したが、寅子に諭され、今は自分の道を模索する優未のことを心配しつつも見守っている。何者かになる必要はないし、特別な人間になどならなくてもいい。誰もがありのままで尊重されるべきなのだと、誰かが美佐江に伝えられていたら死は防げたかもしれない。あと一歩のところで美佐江の手を離してしまった寅子はその後悔を胸に、彼女の娘である美雪(片岡凜・二役)と向き合う。
苫とり子