真っ暗闇の被災地に、全壊した書店の看板だけ明かりがついていた…なぜ? 83歳店主が込めた、ある決意 「がれきの下に今も1万冊が埋もれている」
東京で書店主の集会に参加して仲間と話していると、売り上げを伸ばすだけでいいのかという思いも芽生えた。「売れる本を売るのも大事だけど、売れなくても良書を並べることが本屋の使命だ」。インターネット販売が定着し、地域の小規模書店はどこも経営が厳しいと言われる。それでも久さんは、経営書や学術書などの気に入った本を店内に並べてきた。その思いはこうだ。「見てもらうだけでもいい。そこに知らない本との出会いがあるのだから」 ▽あふれる愛、輝く目 2階建ての店舗兼住居の1階に並べていた本はおよそ1万冊あった。今もがれきの下に埋まったままになっている。久さんは店舗を見やりながらつぶやいた。「かわいそうですよね。できるだけ助けたいし、汚れて売り物にならなくても配って読んでもらうことはできる」。本への愛があふれる言葉に、思わず涙がこぼれそうになった。 久さんは教科書販売に備えて仮店舗で営業を再開しようと、知人に頼んで30メートルほど離れた建物を借りた。避難所暮らしを続けつつ、日中は淳成さんと共に再開の準備に勤しむ。インターネットでも寄付を呼びかけている。
取材中、付近の様子を見に来た近所の人の家族が通りかかった。「通り過ぎようと思ったら、いろはさんの前に人がいるから寄った。うちの両親は無事でした」。淳成さんが「このあたりはみんな元気ですよ。もう再開しますから!」と返す。次々に声がかかる様子から、店がいかに地域の人に愛されているかが伝わってきた。 カフェも併設し、憩いの場でもあった書店。新型コロナウイルスがまん延する前は、小学校に出張して読み聞かせにも取り組んでいた。全壊した店を背に語る久さんの目は輝いていた。「書店は地域の文化を支える存在です。心豊かな人が住める街をつくりたい」。早くも再建への構想を練っているという。「今度は地震に強い建物にする。棚を手作りして、本も表紙が見えるように並べる」 ▽方丈記が教えてくれること 雲間からは太陽が顔を覗かせるものの、2月の能登には冷たい風が時折吹き付けた。被災したお二人に申し訳なくなり、私は思わず頭を下げた。「こんなところですみません」。淳成さんは久さんを見ながら笑った。「大丈夫ですよ。この人、行水するくらいですから」