「大変な1年だった」熊と戦い続けた20代のマタギが語る「異常」 問題は人間にある「それだけ自然から遠のいたということ」
益田さんは「駆除はあくまで最終手段」だと話す。人里にさえ出て来なければ駆除する必要はないからだ。平時なら巡回でクマを見つけると、まずは車のクラクションなど大きな音で追い払って山から下りてこないようにしている。いざ駆除するとなっても、動いている個体を鉄砲で狙い撃つことはほとんどなく、大半はわなを仕掛けて捕獲し、人間が安全な状態で鉄砲を使う。ただし猟期と定められた冬には、山で「巻き狩り」と呼ばれる昔ながらの集団狩猟も続けている。 益田さんはこう強調する。 「時代が変わっても『クマと戦える人間』というマタギの役割は変わらない」 住民からの信頼は大きな誇りになっている。 ▽クマの警戒心が緩んだ 阿仁地区は現在、マタギが40人弱まで減った。益田さんが住む打当集落はたった5人だ。平均年齢も高く、1人当たりの負担は大きい。 特に去年は全国でクマの出没が相次ぎ、人里に現れる「アーバンベア」も多かった。秋田県では全国最悪となる70件の人身被害が発生。県は有害駆除を推進し、去年だけで推定生息数の半分に当たる約2200頭が駆除された。
益田さんは「本当に大変な1年だった」と振り返る。早朝と夕方にえさ場や目撃された場所を巡回し、クマを見たらおりを設置して捕らえ、駆除した数時間後に別の個体を駆除した日もあった。 本来クマは臆病で、人間がいると分かれば逃げる。だが去年は何度追い払っても出てきた。益田さんが考える原因の一つがエサ不足だ。豊作だったおととしから一転し、昨年はブナの実が大凶作で山にエサがなかったため「クマも人里に出ざるを得なかったのだろう」。 クマの警戒心が緩んでいる可能性も考えられるという。以前は山で行われていた炭焼きや牛馬放牧がなくなり、今は「人間がエリアを明け渡した状態」。クマの生息域は広がる一方で、あまり人間と接することはないため恐怖を感じず人里に降りてコメやカキを食べるというわけだ。 ▽人と自然 益田さんは、人里に慣れたクマが来年以降も出没し続ける可能性を危惧している。それを防ぐためにも、本来ならマタギは毎日でも山を歩き、木の実の付き具合など山中の状況を把握しておくべきだという。ベテランから学んで一人前になるのにも時間がかかる。ただ公務員や会社員との兼業では難しく、益田さん自身も秋田に来た当初は林業の事業体で働いていたが、マタギの活動を重視して個人事業主になった。