藤田俊太郎「役者それぞれの生き様を見てほしい」 絢爛豪華祝祭劇『天保十二年のシェイクスピア』開幕
もしも、シェイクスピアがいなかったら……。『天保十二年のシェイクスピア』は、こんな命題を掲げて幕を開ける。江戸末期・天保年間の下総国清滝村を舞台とする講談「天保水滸伝」に、シェイクスピア全作品のエッセンスをかけ合わせて巧みに創り上げたモザイクのような世界。人々の欲望が渦巻き、生き、死んでいくその姿は、確かに絢爛豪華だ。これらの基となった物語を紡ぎ出したシェイクスピアは間違いなく天才だが、彼への想いを込めてこのような戯曲をかき書き上げた井上ひさしも天才。天才×天才、それは誕生から約50年を経ても古びることのない演劇となった。そしてこの藤田俊太郎演出版も、ある意味さらに別の物語を帯びたのだ。12月9日(月)の初日に先立って行われた、公開ゲネプロと囲み取材の模様をお伝えしよう。 【全ての写真】『天保十二年のシェイクスピア』公開ゲネプロ&開幕前日会見(全25枚)
今を生きる私たちを映し出す“鏡”である祝祭劇
藤田俊太郎演出版『天保十二年のシェイクスピア』は2020年、コロナ禍によって予定通りに幕を下ろすことはできなかった。そして今回、浦井健治・木場勝己をはじめとする続投キャストに大貫勇輔ら新たなキャストを迎えて再演される。ゲネプロ前の囲み取材で「再演したいという想いはずっと強くあった」と語った藤田の下、主人公・佐渡の三世次を演じる浦井もまた前回同様に日生劇場で上演できることへの感慨を「(2020年公演で鰤十兵衛役を演じた)萬長さんの面影といいますか、そういうことも含めて繋がっていると感じた」と、2021年に亡くなった辻萬長さんへの想いも込めて語った。まさに2020年カンパニーを背負っての今回だということが伝わってくる。 そしていわば新キャスト代表として、きじるしの王次役の大貫は長髪の鬘や着物のさばき方に苦労していると言いながらも、「制約があるなかで芝居するのはある意味すごく楽しい」と充実感を口にした。浦井はそんな大貫の王次を「本当に素敵。自分(三世次)は陰で、王次の明るさとは鏡、表裏一体」だと話し、大貫もまた「裏で操る人物の怪しさと、でもミステリアスで、本当に素敵」と浦井の三世次を絶賛した。 一方、お光とおさちの2役を演じる唯月ふうかは、早着替えやギミックが多く「たくさんの方々の支えがあって、この作品、この2役ができていることを日々実感している。感謝の気持ちをもってこの作品に挑みたい」とカンパニーへの想いを語った。 そして藤田は、50年前に書かれた本作を「すごくひりひりと来る感覚があって、コロナ以降の4,5年を役者の皆さんが見事に体現なさっている。私たちが創った天保の世界が、コロナ後の世界をまさに鏡として映している」と、古びることのない“今”の作品であると表現。「役者それぞれの生き様を見てほしい」と語った。 そうした言葉を受けて拝見したゲネプロは、浦井・大貫・唯月が光っていることはもちろん、隊長役の木場勝己の存在感が際立って感じられた。冒頭から終盤まで、おそらく最も長く舞台上に存在し、語り部であり狂言回しである彼が、時にはユーモラスさを交えながらも凛とした立ち姿で、目線で、声であり続けていること。それが見事にこの舞台の屋台骨となっているのではないだろうか。あらためて、木場という俳優の器の大きさに強く惹きつけられた。 そして、もうひとりの屋台骨は言うまでもなく裏で策謀を巡らせ、人を追いやり、破滅させ、自身はのし上がり、最後には破滅に至る三世次を、見事なまでに演じきっている浦井だ。大貫も称えていた、膨大なせりふを明瞭に、かつテンポ良く届けるせりふ術。そうした技術面だけではなく、三世次の暗い欲望を、生への渇望を訴える彼は、まさに“悪党”なのだがどうにも魅力的。彼ら自身は三世次と王次を「鏡」と例えたが、別の角度で見ると三世次と隊長、つまり浦井と木場が対となってこの舞台のフレーム(大枠、あるいは額縁とも言えそう)を形作っているかのようだ。 そして、そのフレームの中でさまざまに蠢く登場人物たち。その姿は滑稽でもあり、哀れでもあり、そのどこかに自分自身の姿があるようでもあり、作品そのものが自分の、そして世界の映し鏡となっているようで興味深い。それぞれの登場人物に対するシェイクスピア作品の人物やシチュエーションの織り込みぶりも感嘆する他ない。しかも、この物語が幕を下ろした後に迎えるエピローグでは、多くの観客が不思議なほどにすっきりと晴れやかな気持ちになっているに違いないのだ。これが物語という供物を捧げた“祝祭”である、ということなのだろうか。 さらに、この舞台を“絢爛豪華”なものとしている大きな要因として、宮川彬良による音楽があるだろう。宮川に率いられたミュージシャンたちの演奏が、キャストの歌声が、この演劇空間をより濃密なものとして、観客を魅了することは間違いない。 公演は12月9日(月)~12月29日(日)、東京・日比谷の日生劇場にて。その後2025年1月に大阪・福岡・富山・愛知公演あり。 取材・文・撮影:金井まゆみ ※辻萬長さんの「辻」の正式表記は一点しんにょう。 <公演情報> 『天保十二年のシェイクスピア』 作:井上ひさし 音楽:宮川彬良 演出:藤田俊太郎 出演: 浦井健治 大貫勇輔 唯月ふうか 土井ケイト 阿部裕 玉置孝匡/瀬奈じゅん 中村梅雀/章平 猪野広樹 綾凰華 福田えり/梅沢昌代 木場勝己 ほか 【東京公演】 2024年12月9日(月)~12月29日(日) 会場:日生劇場 【大阪公演】 2025年1月5日(日) ~1月7日(火) 会場:梅田芸術劇場メインホール 【福岡公演】 2025年1月11日(土)~1月13日(月・祝) 会場:博多座 【富山公演】 2025年1月18日(土)・19日(日) 会場:オーバード・ホール 【愛知公演】 2025年1月25日(土)・26日(日) 会場:愛知県芸術劇場