生成AI、デジタルアート隆盛「個人経営の画材店」の今「大変だけど忖度なしで良いものを伝えていく」
■絵をアナログで描く画材の専門店、店長に現在を聞く 3年以上にわたって続いたコロナ騒動に伴う自粛ムードは、地方にある個人経営の専門店に深刻なダメージを与えた。飲食店は言うまでもなく、書店や時計店などといった、一昔前なら地域に必ず一店舗はあった専門店までもが姿を消しつつあるようだ。 【写真】ポケモンカードのイラストを手がける西田ユウ氏のイラストや漫画家・里中満智子氏による『天上の虹』の見事な額田王と額装 絵を描くための道具を扱う“画材店”はこうしたコロナ騒動の影響だけでなく、デジタル化、さらにはAIイラストの爆発的な普及などの煽りを大きく受けている業種といえる。明確なデータこそないが、個人経営の店舗が激減しているのは間違いないだろう。 そんな厳しい状況のなかで、既存の店は生き残りをかけてどのような策を講じているのか。東京近郊、千葉県のベッドタウンの大網白里市に店舗を構える「フレーム」の久永隆夫氏に画材店の現状について話を聞いた。 ■画材店は全国的に減少傾向 ――画材店が全国的に少なくなっていると感じます。久永さんは現状をどうお考えでしょうか。 久永:日本の人口減に呼応するように、画材店の数も減っていると思います。画材店の主力は消耗品である絵具を軸にした周辺素材。しかし、政府の動態調査を見ても、趣味の中における絵画人口の割合は1%未満でしかありません。これは極めて少ない需要だと思います。しかも、絵具を使う人は高齢化が進み、学校などの教育現場では美術の授業時間が削減されている状態です。 ――他にも、デジタル化など、創作環境の変化も影響しているのではないでしょうか。 久永:そうですね。2000年以降、創作の手法がいわゆるアナログからデジタルに移行しています。ペンタブレットや液晶タブレットを扱っている画材店もありますが、私どもはそれとは対極にあるアナログ画材ばかりの店ですから、影響は少なくないといえるでしょう。アナログで絵をほとんど描いたことがないという人も、若い層には増えていると聞きます。 ――「フレーム」ではどのようなお客さんが多く、どのような需要があるのでしょうか。 久永:年配の方の需要が大きいですが、意外にも中学生、高校生のお客さんは多いですね。イラストを描くためにB4やA3のイラストボードを親子で買いに訪れたり、学校の美術部などの部活動の生徒が来ることもあり、若い層にも一定の需要があります。また、地元の公民館で絵画教室をやっている先生が当店のことを紹介してくれているので、それを機に来店される方もいらっしゃいます。 ■絵描き人口を増やすための取り組み ――個人経営の画材店は素人からするとどこか入りにくい雰囲気もあります。もしかするとそういったイメージも画材店を訪れる人が減っている要因ではないかと思います。 久永:そうした要因もあると思いますが、今や商品をネットで買うのが当たり前の時代ですから、画材店というお店があることをそもそも知らない人が増えたように感じます。チェーンの店舗を有する大手は知名度が高いですが、地方の小売店は存在を知られていない。業界としても認知度を高めるために、発信していかないといけないのですが。 ――そんな画材店を認知してもらうため、久永さんが取り組んでいることはありますか。 久永:絵画教室を30年近くやっています。色塗りのレクチャーをしている先生が近くにいるので、邪魔しないようにと(笑)、当店ではデッサンの基礎や絵の見方などを教えています。月2回、生徒さんは20人くらいでしょうか。年齢的には60歳以上で、女性が圧倒的に多いですね。子育てなどが落ち着いた年齢層が多いように思います。地域の絵描き人口を維持するために、地道ではありますが取り組んでいます。 ――絵の勉強をする学生さんなどは通われたりしないのでしょうか。 久永:多くはありませんが、これまでに何人もいますよ。日本大学の芸術学部や桑沢デザインに入ったり、専門学校に進んだ子もいました。ちなみに中学生や高校生は参加費無料で、一般の人たちは有料です。市の生涯学習課が主催しているので私どもはほとんどボランティアですが、これを機に当店を知ってもらい、足を運んでくれればいいのかなと思います。 ■顧客のニーズをしっかり受け止める ――お店にはいろいろな画材が並んでいますが、一番の売れ筋はなんでしょうか。 久永:紙ですね。水彩画、木炭デッサンなど、絵はやはり紙がなければ始まりませんし、消耗品ですから需要は高いです。当店では、私どもが実際に商品を試したうえで販売していますから、水彩紙に油絵具で絵を描くので厚手の紙が欲しいとか、紙について事細かに相談ができるのが強みだと思います。 ――そういったお客さんのニーズをきちんと受け止められることは、個人店の強みだと思います。 久永:そこに相対販売の原点があると思います。当店では、紙と絵具の相性など、詳しい話ができます。乾いた後に絵具がどう動くかなどといった、扱っている商品の性質は熟知していると思っています。メーカーから言われた情報だけではなく、自分が試して感じたニュアンスを、メーカーのバイアスなしにお客さんに伝えられるのは個人画材店ならでは。YouTuberやインフルエンサーの原点があると思います。 ――ホームページの活用も、個人店が積極的に進めるべきではないでしょうか。 久永:ホームページやショッピングサイトは、大きなコストをかけずに開設できますから、独自の商材を作っている画材店は積極的に取り組むべきでしょうね。ただ、ショッピングサイトはあくまでも、リアル店舗に足を運んでもらう窓口として使うのが理想ではないでしょうか。当店はお客さんに相対販売でなければ成立しない満足感を持っていただけるように、知識や技術を磨いていきたいと考えています。 ■額装への特別なこだわり ――久永さんは絵画や色紙などの額装も手掛けていますね。私も過去に里中満智子先生の色紙の額装などでお世話になりました。特殊な額装では仕様書も発行し、責任ある額装を手掛けるなど特異な専門家です。 久永:額縁はそれぞれお店独自の作り方があると思いますが、専門の設備を構えている画材店は少ないと思います。額装は見た目を重視する傾向がありますが、大事なのは作品の保存性です。私は、過去に額縁の作りが悪かったり、保存環境が悪くてカビが生えた絵もたくさん目にしてきていますから、保存性を重視した額装を心掛けています。 ――貴重な一点ものの作品を持っていたり、思い入れの深い自作の絵がある人にとって、久永さんの額装へのこだわりはとても心強いと思います。 久永:当店は油絵などももちろんですが、漫画家さんや、アニメの声優さんのサイン色紙も額装できます。大切な作品をお持ちの方は気軽に相談していただきたいですね。ずっと美しい状態で作品が守られるよう、お手伝いをさせていただきます。 ――久永さんはお店をいつまで続けていきたいと考えていますか。 久永:個人経営の店はどこかの時点で、このまま業務に関わる時間を優先させるか、それとも店主自身の充実した時間を優先させるかという岐路に向き合うと思います。 私自身も20年先まで仕事ができるかどうかはわかりませんから、あくせくして利益を追求するよりも、残りの人生をどう過ごすかに重点をおきたいですね。ただ、アナログの文化がいつか見直される時期は訪れると思うんですよ。そうした普遍的な魅力をお客さんに伝えていきたいと考えています。
山内貴範