御簾に手を差し入れ暴風夜の光君の「大胆行動」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫④
「さあ、私のところへいらっしゃい。きれいな絵もたくさんあるし、お人形遊びもできますよ」 気を引くようなことを言う光君に、幼いながらも姫君は心惹かれ、そうひどくおそろしいわけではないが、それでもさすがに気味が悪くて眠れそうになく、もじもじしながら横になっている。 ■姫君の髪を搔き撫で 風は夜中じゅう吹き荒れた。 「こうして源氏の君がいてくださらなかったら、どんなに心細かったかしら」 「どうせなら、お似合いのお年頃でいらしたらよかったのに」
と女房たちはささやき合っている。少納言は心配で、御帳台のすぐわきに控えていた。 風がいくらか弱まり、光君はまだ暗いうちに帰ろうとする。……それもなんだか恋人のところから帰るみたいなのですが……。 「本当においたわしく思っておりましたが、これからはいっそう、姫君がかたときも忘れられなくなるでしょう。明けても暮れても私がもの思いにふけって、さみしく暮らしているところに、お連れいたしましょう。こんな心細いところで、どうしてお過ごしになられようか。よくこわがらずにいらしたものだ」
「父宮の兵部卿宮さまもお迎えに、とおっしゃっていましたが、尼君の四十九日が過ぎてからにしていただこうと思っております」と少納言は言う。 「実の父君は頼りになるだろうが、ずっと別々に暮らしてこられたのだから、姫君はこの私と同じようによそよそしくお感じになるでしょう。私は今夜はじめてお目に掛かったのだが、私のけっして浅くない気持ちは、父君に負けないと思いますよ」と光君は言いながら姫君の髪を搔き撫で、後ろ髪を引かれるようにしながら帰っていった。
次の話を読む:父親に引き取られる前に…光源氏が固めた決意 *小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
角田 光代 :小説家